21世紀をたのしむ「昴」俳句会
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詩性探求 1/4
2008-10-01-Wed  CATEGORY: 昴 9号
詩性探求    早瀬秋彦

彼岸花真つ赤に咲いて母に逢ふ  堀越 寿穂
 最愛の母を亡くした悲しみは、数多の歳月を経ても作者の胸中深く残っている。彼岸花の赤々と咲き盛る季語に、在りし日の面影をひとり偲んでいる。中七の「真つ赤に咲いて」という力強い表現にその万感の思いが込められている。おそらく夢の中で逢ったと思われるが、咲き盛る彼岸花の、あの髪を振り乱して孤独に耐えるような物淋しい姿が、母の在りし日を彷彿とさせたのではあるまいか。

病む夫の怯ゆる眼鬼やらひ  小川 時子
 病床にある夫を看取り続ける作者の気使いの眼差しが感じられる。節分の日を迎えて、鬼やらいの声が遠くここかしこから聞こえてくる。夫の病状に一喜一憂しながら、その表情や容態に細心の注意を傾けている。「怯ゆる眼」という中七の表現に、その夫婦間の微妙な心理が感じられ、嘗ては快活であった夫の一変した日日への危惧の念が疼くように伝わってくる。夫の暗い表情が見えてくる。

弁天の睡蓮悪女を癒しをり  相澤 秀司
 上野不忍池の弁天堂などが思い浮かぶ。或る日作者はそこを訪れて、美しい女身仏の姿にひととき見入っていたものと思われる。池には睡蓮が鮮やかに咲きけむっている。作者はふと美貌の裏側に悪女の風貌を思い重ねたのではあるまいか。長い年月を生き抜いて来ると、人間はさまざまな事態に遭遇することがある。信じていたことが忽然と裏返り、辛酸を嘗めた経験は誰にもある。或る夏の日のめくるめく弁天池の幻想に、悪と癒しの裏腹な状相が明滅している。

逢ひに来し影ある八十八夜かな  森田 幸子
 立春から数えて八十八日め、野菜の苗はようやく生長し、茶摘みは最盛期となる。終霜の時期ともなるこの美しい季題を得て、作者の詩情は高まりを覚えてくる。揚句はその夜の月の光を浴びて、久々に逢いに来た恋しい面影をほんのりと思い浮かばせている。誰と特定することもなく、八十八夜のローカルな風趣の中に、影曳き歩む人影が美しい。

連翹忌「智恵子相聞」再読す  定松 静子
 鮮烈な黄の色彩をしたたらせながら咲き盛る連翹の花に託した忌日は、詩人であり高名な彫刻家でもあった高村光太郎の業績を偲んでの忌日である。作者は以前からその詩人に心酔し、妻智恵子に対する情熱の詩篇に心を寄せ続けて来た。『智恵子相聞』という書物を再び読み直して追慕の念に浸かっている作者の風貌が浮かんでくる。

遠く来し一茶の生地蟇に会ふ  篠田 重好
 信濃相原は俳人一茶の生地である。俗語・方言を豊かに使いこなし、不幸な経歴からにじみ出るように詠出した特異な作でその名を世に残している。作者は或る日その地を訪れ、俳句作者としての親密感に浸かり得たものと思われる。そして心に描いた一茶の風貌とは裏腹な蟇に出会ったというのである。思わず微笑を誘う作者独特の諧謔が息づいている。

母の日や英世に届く仮名の文  西村 友男
 世界的な細菌学者野口英世と、その母との情感溢れる交流は広く世に知られている。学問のない母が、やっと習った仮名文字を綴って、愛息英世へ送った手紙は、今も会津の生家である記念館に保存されている。作者は母の日にそれを思って揚句を為したと思われる。子の息災を願ってのたどたどしい仮名文字が読む側の心に鮮明に浮かぶ思いがする。

若水を汲むや傘寿のたなごころ  神戸 和子
 新年の淑気の中で、豊かにきらめき溢れる若水を、作者は清すが清しい思いのままに汲み上げたと思われる。ふとその若水に濡れ光る己が掌てのひらを見つめた時、傘寿を迎えたという回顧の思いが、迸ほとばしるように胸に込み上げたのではあるまいか。長い年間を健気にも生き切り、さまざまな苦難にも耐え抜いて来た痕跡が深く刻まれている己が掌を見つめながら……。
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