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東京タワーの五十年  藤原 香人  昴 8号
2008-06-29-Sun  CATEGORY: 昴 8号
東京タワーの五十年  藤原 香人

 東京タワーは昭和三十三年に開業した。思えば戦後の東京の復興の象徴的なものであった。終戦、復興、それから高度成長へと日本の活力が充実して行く時代であったと言えるのではないか。このタワーには総合的な電波塔の使命とは別に、国産の資材と日本独自の技術で、エッフェル塔をしのぐ地上三三三メートルの世界一の塔を建てる意味もあった。現在の地上一五〇メートルの眺めは平凡で、六本木ヒルズや東京ミッドタウンなどの高層ビルによって、当初の面影はなくなった。それでも赤白の鉄塔は世界に誇る存在感がある。思えば、東京タワーの半世紀は、昭和が三十年、平成の二十年と両方にまたがる日本の栄光の時代であった――が、バブル期から日本経済は下り坂に迷い込んだ。大田弘子経済財政大臣は、先の国会演説で、いまの日本は一流の経済大国ではないと内外に表明した。
 日本電波塔株式会社としては、開業五十周年事業として、大展望台へのエレベーターの改修工事をはじめ、タワー五十年史も出版することになっている。タワーへの来場者は開業翌年の年間四九四万人から、一時二三〇万人まで減少し、最近では三二〇万人まで回復して来たが――三年後に迫った地上デジタル放送への移行によって、墨田区に建設される新東京タワーに総合電波塔の座を奪われることになり、展望塔としての生き残りを迫られることになる。東京タワーの川田総合企画部長に、これからの経営方針についていろいろ聞いてみた。「東京タワーには根強いファンがたくさんおられる、五十年の歴史をしっかりみつめてやって行きます」。有識者懇談会がまとめた東京タワー未来構想も真摯にうけとめているが、いま具体的に動く構えは見せていない。ともあれこの五十年間、ここで出会った人々、全国からつめかけた修学旅行の生徒達が、青春の心に刻んだ東京タワー。敗戦後十三年でこれができたのだから、みんなで頑張れば道は開かれると確信する。
雪霏霏と東京タワーを降り隠す  香 人
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