21世紀をたのしむ「昴」俳句会
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現代俳句管見(七) 米山 光郎  昴 8号
2008-06-29-Sun  CATEGORY: 昴 8号
現代俳句管見(七) 米山 光郎

今もなほ敵は己れや老の春  深見 けん二 (「俳句」三月号)
 深見けん二氏は、すでに八十歳を過ぎて久しいが、句柄は伸び々々と自然の中に己れを存分に遊ばせていてたのもしい。俳句はともかく、いかに自分を詠うかといところに起結する。だから俳句は、私自身だといっていい。
 〈今もなほ〉の句は、己れを自身の目でとらえて詠っている。〈敵は己や〉という中七の表白は誰れにでもできるものではない。こうして表白された句に接すると、深見氏だけの想いではなさそうに感ずるけれども、でき上った作品を見ているからであって、やはり、作者のものである。しかも〈老の春〉というきめ方は、俳句人生をこれまで歩いてきた人でないとなかなか思いつかない言葉である。
 俳句のもつ独自性がこの〈老の春〉には、しっかりとこめられていて動ぎない。深見氏の詩性はまだまだ余祐がある。

懐剣の如き句が欲し寒に入る  藺草 慶子 (「俳句」三月号)
 蛇笏の句に〈炎天の槍のごとくに涼気すぎ〉というのがある。勿論このことは作者は百も承知のことである。刃物の鋭さを刃物を直接使わないで表白することも、ひとつの方法であるけれども、槍や懐剣を直に表白して、そこに鋭さを求めることは、たやすいことではない。
 〈懐剣の如き〉の句には、〈懐〉という文字の持つ意味合いが非常に深い。これは、俳句は、日本語だから成り立つ詞芸であると常々思っていることにつながる。十七字の最短詞芸は、日本語の持つ一語の多重性があってはじめて可能なわけである。〈懐剣の如き句〉俳句は、この懐剣の詩魂をさぐり出して詠うことにつきるのである。〈寒に入る〉という下五は、作者の今ある姿といってもいいのかも知れない。

色違ふ荷の紐を足す夜長かな  能村 研三 (「俳句四季」三月号)
 能村研三氏は、父・登四郎の句誌「沖」を継いでまだ浅い。俳句界のホープというにふさわしい。俳句は、登四郎よりも柔和でいて鮮しい。これは、二十一世紀の俳句の明るさを示しているのかも知れない。
 〈色違ふ〉の作品から、作者のゆとりあるものの見方が窺える。〈色違ふ荷の紐を足す〉という表白の流れからは、若者の短絡さがない。句の調べは入江にゆるやかな波を思わすに十分である。〈夜長かな〉という結句がなんの抵抗もなく決まっている。たしかに、その波に浮く風景には、若さを感じさせてくれる。〈色違ふ紐〉という内容がそれである。
 俳句という十七字の中に、これ程豊かな想念を伝えるということは、やはり若さのしかるしめるところかも知れない。

古家屋埋めやうのなき隙間風  石井 保 (「俳句通信」42号)
 季語の中で「隙間風」は一番、俗な言葉のひとつであるかも知れない。和歌は雅、俳諧は俗という論からいうと、この「隙間風」は俳句にとって最もふさわしい季語といっていい。もっとも季語は、和歌の雅を引き寄せるための手だてのひとつであるといえなくもないので断定することはできない。
 〈古家屋〉の句は、作者が蛇笏・八束の大河の中にあって、動ぎない独自性をもっていることを考え合せて観賞すると面白い。作者の身辺に吹く〈隙間風〉とは、どんな風なのであろうか。〈埋めやうのなき〉と吐露しているところをみると、現今の世情をも含めてのことに違いない。
 俳句に生きる作者の生きざまが、一句の中に深く詠まれていて、〈古家屋〉という大きな重石の負が浮かびあがっている。

臼を碾く古き世の音冬すみれ  南  俊郎 (句集「養花天」)
 日本の芸の全には、形式が厳として有る。その形式を除いては芸といわない。俳句においてもしかりである。五七五という定形・季題・季語を守ること、さらに切字である。これを厳守することが俳句の姿形である。
 〈臼を碾く〉は、この形式を確りと守っている。それでいて、句の内容のひろがりは深い。
 南氏は、蛇笏・龍太を師とし現代俳句の骨法を自分のものに育てあげている。石臼を碾くひびきの重さは、それこそ日本の俗な響きといっていい。そこに生きて、その音を、冬すみれなる人間が聞いているのである。現今の三色すみれ、パンジーの姿ではない。
 私の家の一位の株元の冬すみれはもう盛りをすぎて、花は褪せ、葉叢だけが、早春の風に揺れている。冬すみれには、たしかに、石臼を碾く、あの音がふさわしい。いい得て妙といえる秀品である。

銀漢や地に張り付いてもの思ふ  川村 幸子 (句集「母の手絡」)
 川村幸子氏は、石原八束先生の俳句教室で俳句を学び、「秋」に入会、同人となって、「秋」一筋に精進している。だから、俳句に迷いがない。句集を拝見してその心意気が窺えてたのもしい。
 〈銀漢や〉は句集の最後の頁を飾る秀品である。川村氏は七十台に入った実人生の経験者である。俳句は人生の経験者の詞芸であると、師八束は言っている。やはり、省略の詞芸には、大いなる経験が必要である。川村氏は、この句の中で〈地に張りついて〉と自からの姿勢を表白している。〈もの思ふ〉ことを、地と結びつけること、これはやはり人生を経験した人の、ものの考え方である。しかも〈銀漢〉という天空を眺めてのことである。この確かな地についた歩みこそが、今の私達にはなくてはならないことである。勿論俳句を詠む上でも…。

どんど燃ゆ後ろ九頭龍川の闇  平野 紀美子 (句集「九頭龍の鳰」)
 平野紀美子氏と平野稔代の姉弟による句集「九頭龍の鳰」は、石原八束先生への尊敬の念をしっかりと礎として、九頭龍川の瀬音を胸中山河とした読み応えのある一書である。
 〈どんど燃ゆ〉は、平野俳句代表の一句といっていい。しっかりと、自分の風土を踏まえて俳句を詠んでいる。どんど焼きは、今も各地に残っている正月行事のひとつである。
 その、どんどの火が燃えさかる後には、九頭龍川の大いなる流れがある。その流れにはどんどの赤さが映っている。その赤さゆえに、闇の深さが一層厚くかぶさってくるのである。あるいは、その闇は、現在の九頭龍川流域に生活している人達の思いものしかかっているのかも知れない。ただ、この九頭龍川の闇からは明るい光が放たれる刻が来るように思えてならない。それは、平野紀美子氏の生き様の明るさからかも知れない。

天体のひとつに載つて日向ぼこ  樟 豊 (「秋」三月号)
 樟氏の俳句から得るものは沢山ある。樟氏は俳句の中に、独自の思いを存分詠い込んでいる。己れを通すその詠い方にこそ、〈俳句は己れの生きざま〉ということを教示してくれているように思えてならない。
 樟氏は、今、健康を害している。しかし、俳句が大きな支えになっていることも事実である。
 〈天体のひとつに〉の句、なんともおおらかな句ではないか。この思いは誰れにもそうありたいという願いがある。日向ぼこという思いは、〈天体のひとつに載つて〉という心意気なのかも知れない。これ程、大きな想念を俳句の中に持ち込むことのできるのは、樟氏をおいて他にないかも知れない。
 師・八束は、季語の二重性を強調していたけれども、樟氏の〈日向ぼこ〉は、多重性としての役割を果たしている。

焼芋を包む新聞の政治面  高橋 宏子 (「瀚海」31号)
 高橋氏の俳句は、常に生活と密着したところを詠っている。だから、誰も解る句である。俳句という十七文字の詞芸のあやうさはこの短い型に負うところが大きい。それは、殆んどの人が、短かさの中に背負いきれない想いを荷せよとするからである。そのことは否定はしないが、やはり、自分の守備範囲の句を詠むことが重要である。
 〈焼芋を包む〉の句、時事俳句である。しかし難しいことは何も言っていない。作者は焼芋で温まった新聞のありがたさをまず言いたかったに違いない。皺になった温かい新聞を開いて芋を取りだそうとした時、政治面であることに気付いたに相違ない。そこに書かれている記事の中味は、焼芋のぬくもりのいかほども感じられない。そんなことを思いながら、作者は一句を得ているのである。俳句の道の一筋である。

故旧呼ぶ大白鳥の嗄れ声  老川 敏彦 (「昴」第7号)
 老川主宰の俳句に対する時は、時に正座をしなければならない。師八束の俳句感を全身で受けとめ、その中から自分にかなったものを選び抜いての俳句詠法であるからである。
 主宰は、〈「昴」再出発にあたって〉の中で、師八束の「生命の詩」をふまえて〈蓋し俳句は人生最高の遊びである。〉と言い放っている。また〈自由無碍の境地に遊戯する喜びを味会すること〉と言う。
 〈故旧呼ぶ〉の〈嗄れ声〉には正に、老川主宰の 〈自由無碍の境地に遊ぶ喜び〉の声が詠まれているといっていい。主宰は今、病気と闘っておられる。その中にあって、このような白鳥の声を詠うことに大きさを感じないわけにはいかない。物事を切実に詠うこと、これは師八束の俳句感でもある。老川主宰は、これを、俳句は切実に遊戯することであるといって俳句に精進しているのである。


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