21世紀をたのしむ「昴」俳句会
スポンサーサイト
-----------  CATEGORY: スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ページトップへ
季節の窓 八十八夜の髭豊かなり佐久の鯉 長沼ひろ志
2008-10-31-Fri  CATEGORY: 昴 9号
季節の窓

八十八夜の髭豊かなり佐久の鯉  長沼 ひろ志

 信州に生まれ育った作者の風土性豊かな作品である。
〈冷やされて牛の貫禄静かなり〉という秋元不死男の作品を彷彿とさせる。
俳句は「もの」で決めるとするのが不死男の信条であり、大きな牛の背中や、
その静かな息づかいや顔かたちなどが如実に迫るあたりが一句の貫禄にも
つながっている。嘗て師八束は「もの」から「こと」の世界への飛躍を
目指しての模索に挑戦しつづけ、北欧の白夜やシルクロードの仮幻の世界に
そのいとぐちを求めていたことが思い出される。揚句はあくまでも信州という
風土の中で丸々と育ち、豊かな髭をたくわえて息づく鯉の生態を如実に
表現して成功している。しかも「八十八夜」という季節感豊かな季語を
上五に据えて、その陰影を殊更にきわ立たせて効を奏している。
光と影の対照から高村光太郎のすぐれた彫刻をも思い浮かばせる作品と
なっている。

(早瀬 秋彦)

スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
主幹十句 夕螢 昴 9号 平成20年夏号(通巻28号)
2008-10-31-Fri  CATEGORY: 昴 9号
夕螢  早瀬 秋彦

人の世につまづき亀に鳴かれけり
総持寺の梵鐘響とよむ花曇り
春月や加賀寺町の濡れ甍
沖目指し千の灯捧ぐ海女祭り
忘却の岐路の朧に老い深む
祖母の背に負はれゐし夜の遠蛙
河鹿笛孤愁の闇を抜けて来る
奥の手を出しそびれをり桜冷え
世の末を知らぬそぶりの蟇
予後の歩の無聊にまとふ夕螢
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
星雲抄 早瀬 秋彦 抽出
2008-10-30-Thu  CATEGORY: 昴 9号
星雲抄 早瀬 秋彦 抽出

くれなゐの渦巻く風の牡丹かな  岡田 律夫
雲うらの燃ゆる夕東風伊良湖岬  木内 宗雄
死顔を見にゆく桜大樹なる  米山 光郎
白鳥の百羽の首の動きけり  伊藤美沙子
初明り八十路の行方けむりをり  仁木 孝子
彼岸花真つ赤に咲いて母に逢ふ  堀越 寿穂
晩節の自負裏返るさくら冷え  小林 量子
病む夫の怯ゆる眼まなこ鬼やらひ  小川 時子
蹲踞に舌ならしをりうかれ猫  斉藤 良子
子供等の言葉の暴力薔薇は木に  山田 恭子
肩肘を張りて生きをり山笑ふ  岸本 正子
弁天の睡蓮惡女を癒やしをり  相澤 秀司
逢ひに来し影ある八十八夜かな  森田 幸子
草を引く愚直のわれに乾杯す  梨 豊子
連翹忌『智恵子相聞』再読す  定松 静子
マルクスを語らぬ世代麦の秋  土田 京子
八十八夜の髭豊かなり佐久の鯉  長沼ひろ志
遠く来し一茶の生地蟇に会ふ  篠田 重好
母の日や英世に届く仮名の文  西村 友男
風ぐるま賽の河原の水子塚  松 守信
燕の子明日翔つ空へ構へをり  道官 佳郎
若水を汲むや傘寿のたなごころ  神戸 和子
病廊のひそひそ話著莪の花  火野 保子
すくひたる命の重さ白魚網  森 万由子
水清き梨の木神社こぼれ萩  齊藤眞理子
春眠の独り占めなる虚空かな  小林貴美子
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
星霜抄 早瀬 秋彦 抽出
2008-10-30-Thu  CATEGORY: 昴 9号
星霜抄  早瀬 秋彦 抽出

余生なほ目立ちたがりや葱坊主  大竹  仁
若人の書く絵馬瞳輝きて  小山けさ子
淡泊に生きて八十路の夏衣  鈴木八重子
大和には御仏多し春の月  井上  元
荼毘を待つしじま明りに春の雪  石井 深也
北国のサルビアあかり花時計  國分 利江
中天に風押し上げて花水木  林美智子
余生とは未知の歩みや春朧  久保田シズヲ
フェルメールの少女振り向く若葉光  田中 洋子
火取虫翅音たかく落ちにけり  伊勢谷峯雨
点と線のリハビリ一日雨蛙  篠崎 啓子
傘立てに杖もまじりぬ夏期講座  原  繁子
吹かれゐる白寿の叔父の白絣  鈴木 昌子
風光るフランスパンと笑ひ声  伊澤トミ子
肩張つて孤独に耐ふる羽抜鶏  谷口 秀子
リラ咲くや彼の世の兄の呼ぶかにも  矢野 欽子
若鷲のかへらぬ基地やさくらしべ  木島 幸子
山下通り桜吹雪のなかに佇つ  藤原 香人
夏柳オフィーリアの指触るるほど  福冨 清子
汚れなき家族の祈り十字花  今井千穂子
地下鉄を乗り継ぎてゆく櫻狩  渡辺 二郎
医者めざす娘の真顔梨の花  吉田美智子
木曾谷の明るくなりし麦の秋  西田 綾子
長生きの悲しみ深く亀鳴けり  橋 みえ
老残の従軍語る夏の宿  平野 欣治
紙飛行機の来てゐる広場水温む  山森千佳代
無我夢中に生き来て枯野見つめをり  山口 梅子
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
星雲集 早瀬 秋彦選
2008-10-30-Thu  CATEGORY: 昴 9号
星雲集  早瀬 秋彦 選

泉鳴る  岡田 律夫
地の幸をかそかに伝へ泉鳴る
くれなゐの渦巻く風の牡丹かな
かげろふに嘶く石馬十三陵
たゆたひて渦に落ちけり花筏
藤ゆれて後宮息をひそめ居り
春月や運河にひびくカンツォーネ
逃水の果てや師のかげ友のかげ

伊良湖岬  木内 宗雄
群れメダカ一時を過ぎし野良時計
伊良湖岬花菜明りの句碑ひとつ
雲うらの燃ゆる夕東風伊良湖岬
柳絮飛ぶ脇町すじの虫籠窓
時化上がりして来し宿の蜆汁
日に一度届く郵便昼蛙
薊咲く恋路ヶ浜の濡れ仏

桜大樹  米山 光郎
無縁塔四方に翳ある花ぐもり
花筏僧侶になみだばなしあり
死顔を見にゆく桜大樹なる
鳥雲に入るてのひらに筋三本
耳鳴りのなかに人の死花のころ
桃咲いて弔ひのある扇状地
神領に入り松蝉の尿ひかる

百羽の白鳥  伊藤 美沙子
トランペットの少年風となる枯野
白鳥の百羽の首の動きけり
凝り鮒わが老先のけむりをり
煮凝りや脳裏にくらき佐渡の海
吹きあがる鬼石の山気寒ざくら
アルプスを背に稻架掛けの干大根
平講の尼の手白し切山椒

初明り  仁木 孝子
鵙啼くや躓きやすき老いの坂
冬帽や長崎ぶらぶらグラバー邸
初蝶の連れ舞ふ空や筬の音
初明り新渡戸旧居の樟大樹
祥しょんずい瑞の藍のさやかに初点前
初明り八十路の行方けむりをり
初刷や北斎の涛躍り出る

俺の道  堀越 寿穂
外燈の笠が鳴つてた冬の夜
追ひかけて少年はるか虹となる
雲の峰ゆるがぬ決意俺の道
節穴を覗いてをりし夏の昼
夏の浜に足あとつけし少年期
ペンペン草俺だけの道歩いてる
彼岸花真つ赤に咲いて母に逢ふ

さくら冷え  小林 量子
晩節の自負裏返るさくら冷え
雀がくれいつしか秒針いらぬ日々
泣き木偶の海峡ひかる花の雨
葉桜や騎馬青年の白きシャツ
沖波のしるき残照吊雛
海のいろ透きて鰈のすだれ干し

鬼やらひ  小川 時子
宣告の余命短かし寒牡丹
病む夫の怯ゆる眼まなこ鬼やらひ
管の数増えゆく夫や余寒なほ
節分や病ベ ッ ド床に豆の皮あまた
病む人の電話明るし柿若葉
病む夫を叱咤してをり花明かり
病む夫と諍ふ我や夏の風邪

うかれ猫  斉藤 良子
等伯の松となりゆく朧かな
ビル街の窓の光芒目借どき
瀧千条波打つしだれ桜かな
揚雲雀自在の天地ほしいまま
蹲踞に舌ならしをりうかれ猫
褻も晴れも裏表なり柏餅
菖蒲湯に昭和の五感解き放つ

薔薇は木に  山田 恭子
子の主張通りしつるべ落しかな
人形遣ひの門付けの有り陽炎へる
ハンカチの木に風渡り閃けり
小さき家の押しくらまんじゆう燕の子
子供等の言葉の暴力薔薇は木に
度重ね痛む日日有り終戦忌
凌霄の窓省エネに暮れにけり

春  岸本 正子
肩肘を張りて生きをり山笑ふ
蕗の薹不屈の意志を思ひをり
仇となる温情もあり剪定す
ブッセ詩集の手擦れの痕や陽炎へる
春泥を面上げよぎる真砂女の影
二人静愛憎越えし老夫婦
正装を解き放ちけり目刺食む

秩父両神  相澤 秀司
人気なき歌舞伎子鹿野の町薄暑
露天風呂見下し秩父の山笑ふ
両神の湧き湯の渓や風みどり
木漏れ日の林道歩む薄暑かな
弁天の睡蓮惡女を癒やしをり
狂母祀る桜蘂降る荒御堂
子の権現近道とあり桐の花

八十八夜  森田 幸子
骨董市に茶釜のありし朧かな
紙風船追へば逃げゆくものばかり
一芝居打たれてゐたり夜の薄暑
短夜の夢寐に遇ふ人優しかり
あき缶にメンコ三枚梅雨入かな
怒り肩の作務衣の僧や別れ霜
逢ひに来し影ある八十八夜かな

乾杯  梨 豊子
はつなつや顔映るまで床磨く
新茶買ふ店の内儀の齢不詳
文盲の祖母の遺墨やねじれ花
卯の花や少女に還り友逝けり
父祖の地に残る墳墓や麦の秋
草を引く愚直のわれに乾杯す
まひまひの愚行やわれも戦中派

連翹忌  定松 静子
師を語る北川会長の声涼し
連翹忌『智恵子相聞』再読す
舞ひ降りるところつかめず梅雨の蝶
万太郎の文字は小粒やあたたかし
連翹忌『画学生智恵子』再読す
CDで『智恵子抄』聞く連翹忌
春しぐれこけし童わらべの眼は涼し

麦秋  土田 京子
マルクスを語らぬ世代麦の秋
麦秋や遠き昭和に手を振らむ
問答無用の和尚の顔や河鹿笛
祭浴衣男むすびの博多帯
薔薇一輪書き出し遅々と見舞ふ文
バージンロードブーケの薔薇の胸ゆたか
跡継ぎも父似いやはや祭好き

八十八夜  長沼 ひろ志
雛捨て一目散に子は帰る
大川端に戦時の記憶木の芽どき
春泥やじんたの響き迫り来る
春眠の覚めて肩書なかりけり
大股に来て連翹を見つめをり
漁師妻の目の子勘定麦の秋
八十八夜の髭豊かなり佐久の鯉

桐の花  篠田 重好
はじめての道と思へず桐の花
遠く来し一茶の生地蟇に会ふ
切株に蟇蹲踞して動かざり
祭酒酔ひし一人が泣き上戸
浴衣着しモジリアーニの女かな
幼な児とはぐれひまはり迷路ゆく
瑰や少年沖を見て立てり

河鹿笛  西村 友男
母の日や英世に届く仮名の文
暗がりに消えゆくシテや薪能
葛餅に看取り疲れを癒しをり
河鹿笛宿のメニューに添へてみし
世の隅に生きて食みをり豆の飯
ほろ酔ひの枕に透る河鹿笛
地下足袋の凛々しきをんな神輿かな

恐山詣で  松 守信
梅雨兆す古書肆に太宰文庫本
保護柵に倚りし寒立馬の親仔
林立の風車を鳴らし強山背
霊山へ分け入る小径木下闇
恐山詣での山路泉汲む
風ぐるま賽の河原の水子塚
新緑の八峰映し霊湖寂ぶ

燕の子  道官 佳郎
山河のいろ溶けし母郷の泉汲む
燕の子明日翔つ空へ構へをり
余花の雨忘れられたる兵の墓
アベマリア森蔭に聴き泉汲む
鶴折りし妻の病床おぼろの夜
リハビリの妻に腕貸す若葉風
梨の花盛りの多摩の地の湿り

若水  神戸 和子
若水を汲むや傘寿のたなごころ
味噌汁は術後の癒し春浅し
二間四方の病窓の空春浅し
白蓮に迎へられをり退院す
忘れ癖深まる姉や野に遊ぶ
老深む二人三脚梅は実に
漬梅の姑に受け継ぐ塩加減

五月の風  火野 保子
頭上過ぐ大きはばたき春深む
病廊のひそひそ話著莪の花
マーガレット雨のバス停明るくす
禅林をめぐれる水音明易き
教会に鳩あつまつて子供の日
五月晴声生きいきと畑の人
鴉追ふ児もよちよちと五月の風

白魚網  森 万由子
春泥に道みちしるべ標あり遠流の島
まつさらな木の香に咽せて剪定す
浅春の光を散らす鴎どり
すくひたる命の重さ白魚網
噴きはじむ飯盒の蓋山笑ふ
歪みゆく鍵穴見ゆる朧かな
二つ三つだんまりの貝蜆汁

京の秋  齊藤 眞理子
秋深き涯まで続く赤鳥居
水清き梨の木神社こぼれ萩
耳塚の大きなること冷まじき
菊翳る養源院の血天井
末枯るる山門失せし方広寺
嘲笑も批判も遠し芒原
京の秋入口狭き先斗町

芋の花  小林 貴美子
春眠の独り占めなる虚空かな
醒めやらぬ春眠の底感じをり
暮れ迫る荒磯のひびき薊咲く
連翹や黒目がちなる子等集ふ
白鳳の菩薩俯く百ゆ合樹り若葉
高層のビルの残照芋の花
故郷に残る城壁祭笛
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
星霜集 早瀬 秋彦選
2008-10-30-Thu  CATEGORY: 昴 9号
星霜集  早瀬 秋彦選

余生  大竹 仁
撫で肩の余生となりし更衣
余生なほ目立ちたがりや葱坊主
花菖蒲にはか絵師にはなりきれず
短距離の選手さながら羽抜鳥
愛憎をかくしきれずに飛ぶ螢
地に触れし千古の時空藤の房
百声の蛙田水の張りにけり

絵馬  小山 けさ子
ひと間だけともりてをりぬ寒椿
若人の書く絵馬瞳輝きて
野島崎の白き灯台寒明くる
沈丁の香に目覚めたる通夜帰り
剪定に消えゆく枝の行方かな
鶯や雨後の修善寺坂がかり
遠野火の能登千枚田鳶の笛

夏衣  鈴木 八重子
マラソンにふくらむ街や山笑ふ
約束を違へし昔鳥雲に
若葉風老いらくの身に沁み透る
新茶くみ同じこと訊く人とをり
枷を負ふあきらめの日々蝸牛這ふ
気構へも新たに衣更へにけり
淡泊に生きて八十路の夏衣

春の月  井上 元
連翹の風に乱るる花明り
大和には御仏多し春の月
亡き夫と茶を汲む八十八夜かな
流れくる神輿納めの木遣唄
菅公の「断腸」の詩碑藤白し
渡月橋を渡る下駄の音夏の月
新緑や奇岩さばきの櫂軋む

春の雪  石井 深也
病床の妻の戯れ言春浅し
湯豆腐をつつき世相を憂ひをり
荼毘を待つしじま明りに春の雪
菜の花の広がる果てや海光る
亀鳴くや老いの一念ゆらぎをり
ゆつたりと知りゆく余生山笑ふ
陽炎に己れの老いを見つめをり

花時計  國分 利江
算盤の梅雨にきしみし五つ玉
馬買ひの車きてゐる母子草
足長の蜘蛛の織りゆく幾何模様
春雷にはげしく踊るフラメンコ
北国のサルビアあかり花時計
梔子や夫に語らぬ事もあり
聖書あるホテルの机五月尽

花水木  林 美智子
春一番埴輪もまぶた閉づるやも
折りがたき早蕨深く頭を垂るる
川痩せて片州に春の番鴨
花冷えや風車は要閉じしまま
中天に風押し上げて花水木
菜の花やゆるきカーブのローカル線
夕菅や山湖音なく帳ひく

春朧  久保田 シズヲ
芽柳のほぐれて風の生れにけり
切り株の程よき座席落花浴ぶ
大梯子立てゝ庭師の音さやか
春泥の轍の光る坂がかり
出合ひより別れの多き花の冷え
笹鳴きの影なき声を聴いてをり
余生とは未知の歩みや春朧

若葉光  田中 洋子
宅配夫忽と消えたる夜の朧
幼ナ顔のネクタイ赤し卒業す
フェルメールの少女振り向く若葉光
薄目して鳥海山の笑ひをり
莢付のグリンピースや春浅し
娘がくれしカーネーションの青さかな
身ほとりに母ある気配夕河鹿

梅雨  伊勢谷 峯雨
グラスに映るテレビの影や梅雨の夜
梅雨銀座万華鏡めく尾灯かな
梅雨空の暗きをよぎる燕かな
火取虫翅音たかく落ちにけり
五月雨やときに明るき空の色
五月雨に音なく夜の明け染めし
エジンバラの五月の空やバクパイプ

泉  篠崎 啓子
源流は一樹の下の泉かな
点と線のリハビリ一日雨蛙
獣めく人の行き交ふ町薄暑
ゴンドラに委ね入笠遠郭公
縄文人踏みし捌けみちえごの花
廃校の校門鉄棒草いきれ
雨乞ひに加はる陸軍伍長の碑

晩年  原 繁子
晩成と褒めそやされし朧かな
晩年の掌に春光を火種とす
落慶の春蒼天に鴟尾光る
われを待つ人亡き生家梨の花
戦知らぬ子に語りやる子供の日
メロディーを奏でる絵本さくらんぼ
傘立てに杖もまじりぬ夏期講座

白絣  鈴木 昌子
吹かれゐる白寿の叔父の白絣
花愛でし句友黄泉路へ花の雨
子には子の生き方もあり蓮如の忌
曇り日の多摩丘陵の梨の花
介護して暮らす余生や菊根分
大寒や球たま子こ富嶽へかけ昇る
藤囲む課外授業の子供達

風光る  伊澤 トミ子
もう一度朧の中を逢ひに行く
春深し心淵覗くルオーの画
蕗みそや老いて優しき夫となり
風光るフランスパンと笑ひ声
義仲が駆けし信濃路麦の秋
薔薇散つて献体の時迫り来る
薔薇剪つて別れ話を呑んでゐる

羽抜鶏  谷口 秀子
肩張つて孤独に耐ふる羽抜鶏
仮の世のえにしは淡し鳥帰る
戦争を知らぬ成人式の群れ
寄り添へるもののぬくもり彼岸寺
落城の悲話ある里の桜かな
いくさなき空の輝き鯉幟
出かけゆく二つ返事や春日傘

花みかん  矢野 欽子
澄み渡るチャペルの鐘や春浅し
平戸瀬戸の著き潮目や春浅し
リラ咲くや彼の世の兄の呼ぶかにも
石倉は閉ざされてをり花みかん
子雀のぶつかりながら飛び立ちぬ
大楠の暗がりに消ゆ白き蝶
桐の花正倉院へつづく道

花いばら  木島 幸子
若水の一人茶を点つ安堵かな
白梅や心の棘を悔いてをり
だしぬけに闇のつぶてや春の雹
生かされて一期一会のさくらかな
若鷲のかへらぬ基地やさくらしべ
干潮や孤愁の舟に花いばら
陽炎へる船見つめをり葬終へて

皇居東苑の桜  藤原 香人
春光や厚き扉の桔梗門
馬酔木咲く皇居東苑奉仕人
花ぐもりあをき甍の宮内庁
春の空円しと見上ぐ紅葉山
大内山神のお庭も花ざかり
山下通り桜吹雪の中に佇つ
春昼の遠松風や二重橋

夏柳  福冨 清子
花愛でしひとの通夜なる朧かな
花大根紫けぶる工科裏
勿忘草一鉢ほどの拠り所欲し
春惜しむ古書肆あるじの伏目かな
夏柳オフィーリアの指触るるほど
白山に対してはづすサングラス
終の栖に日々の自在や夕河鹿

十字花  今井 千穂子
汚れなき家族の祈り十字花
白牡丹近づき難き風纏ふ
河骨や一輪天に押し上ぐる
うなだれて咲き落ちてなほえごの花
壺の碑の涙の跡や若葉雨
花屑や瑞鳳殿の鬼瓦
ユングフラウへ次郎の墓碑やお花畑

鳶の輪  渡辺 二郎
捨てまじき傘寿の一徹梅ひらく
地下鉄を乗り継ぎてゆく櫻狩
千鳥ヶ淵の戦没慰霊碑花の雨
春風や身重ナースの夜勤明け
鳶の輪の影の茶店や活き白魚
尿量記入が予後の日課や花水木
一つ家に別離の夫婦菜種梅雨

水温む  吉田 美智子
寒暁の海輝くや漁り舟
泣き虫のここ一番や春相撲
子の顔の泥乾きをり水温む
すかんぽやいがぐりおかつぱとうせんぼ
真青なる空に浮かびし花水木
医者めざす娘の真顔梨の花
麦秋や糸のきらめく糸電話

麦の秋  西田 綾子
ミステリツアーに連れ廻される四月馬鹿
逃げ水や異次元の口開いてをり
SLの煙まみれの花薊
疲れ来し肩寄せ合ひぬ初つばめ
春眠に神の揺らめき道後の湯
鯛さばく春爛漫の讃岐かな
木曾谷の明るくなりし麦の秋

亀鳴けり  橋 みえ
長生きの悲しみ深く亀鳴けり
泥羽根の濡れ光りをり初燕
難聴の耳に問はれし花の冷え
サッカー場の空つつ抜けに揚雲雀
橋いくつ数へて渡る麦の秋
古りし名の多き山里柿若葉
変声の子らの寡黙や若葉風

油照  平野 欣治
老境の二人で聞きし閑古鳥
侘しさや墓苑の森の時鳥
逆縁に我が建墓して油照
そら豆をむく妻の指萎久し
老残の従軍語る夏の宿
病葉や生きて耕土は人の手に
逝きし子の早き一年盂蘭盆会

水温む  山森 千佳代
光り矢に龍の息吹きや春の闇
五平餅の火にかざす手や春浅し
紙飛行機の来てゐる広場水温む
富士に来て心ふくらむ木の芽どき
すかんぽや玉川上水晴れ渡る
こごみ採る顔にかかりし蜘蛛の糸
風鐸に雲行く影や花薊

一つ紋  山口 梅子
花こぶし結納交はす一つ紋
初刷や生きざま熱き同窓誌
娘の顔に似て来し兎年の餅
霜柱みちくさ園児のくつが鳴る
衒てらひなく語らふ友やふきのたう
無我夢中に生き来て枯野見つめをり
しつかりと生きゆく私からすうり
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
昴題詠  夏帽子、蟻  早瀬 秋彦 選
2008-10-29-Wed  CATEGORY: 昴 9号
昴題詠  夏帽子、蟻  早瀬 秋彦 選

 道官 佳郎
天守堂に脱ぐ夏帽子耶蘇の島
あと戻り出来ぬ歳月蟻地獄
ほととぎす流人の墓に島の酒

 篠田 重好
麦藁帽冠りしルノアールの女
麦藁帽買うて火の山登りけり
蟻達が豆の芽囃し踊すなり(熊谷守一の絵より)

 岡田 律夫
蟻の行絶えずラインの源流地
使命あるごとく碑攀づる蟻
夏帽子かむり若やぐ母なりき

 小林 量子
悩みなどないとうそぶく夏帽子
蟻走る義経奥州首途かどでの地
未練断つ背を向けてをり夏帽子

 長沼ひろ志
黄泉を知る蟻ン子なれば傷めざる
天金の書を抱くをとめ夏帽子
麦稈帽父坐すかぎり壁にあり

 西村 友男
蟻地獄人の裏側見えかくる
わが過去を鏡に問ひし夏帽子
戦争の紙面を過る蟻の列

 伊藤美沙子
山蟻の鞍馬に義経飛翔石
蟻の群れよろめき出づる爆心地
日光月光をろがむ老いの夏帽子

 仁木 孝子
蟻の門と渡り「田舎教師」の墓の前
夏帽子夫の枢に杖もそへ
一言が心残りの夏帽子

 森田 幸子
夏帽子虚勢の貌をうづめ来し
晩学の終り見えざり蟻の列
正夢はなべて速足蟻の塔

 神戸 和子
マネキンの斜めにかぶる夏帽子
着流しにカンカン帽の父の影
時を惜しむ働き蟻の定めとて

 星 道夫
担ぐ蟻手ぶらの蟻のまじりけり
紙飛行機蟻を散らして降りたちぬ
夏帽子むかしの空は青かつた

 岸本 正子
玉の井や夏帽よれにし荷風の影
白蟻の巣くふ胸内や流行追ふ
銀座暮色夏帽斜はすの父の影

 伊澤トミ子
夏帽子サントワマミー唄ふ母
高原のおしやれの極め手夏帽子
夏帽子青春の傷残しをり

 森 万由子
蟻の世も人の世に似て列を組む
さよならとそれつきりなる夏帽子
特命のありしか蟻のUターン

 齊藤眞理子
椰子の葉の夏帽子編む昼下がり
ユーカリと赤き蟻塚コアラの地
見はるかす赤銅色の蟻の塔

 高松 守信
畑仕事夏帽子の影黒く添ふ
おのが道探して一途迷ひ蟻

 小林貴美子
家なく墓なき故郷に脱ぐ夏帽子
蟻の列祈りの相伝受けてをり

 藤原 香人
夏帽子抱きてめぐる薬師寺展
扁額を拝す門前蟻の列

 久保田シズヲ
一人旅派手を承知の夏帽子
頭はち合せ蟻にも礼儀ある如し

 國分 利江
蟻二匹這ひ登りゆく磨崖仏
母呼べば子等のかけゆく夏帽子

 吉田美智子
入日中鉄塔を行く蟻一つ
兄弟の車窓に並ぶ夏帽子

 藤沢 正幸
夏帽子見渡す海の真つ平
蟻の道みな大いなる物かつぎ

 大竹 仁
余生とはあみだに被る夏帽子
組織論蟻に学びし戦中派

 山地 定子
お似合ひのひと言で買ふ夏帽子
蟻の穴覗いてみたき地下組織

 内藤 潮南
釣宿の宴の席や蟻の列
信濃路を列なし行くや夏帽子

 小能見敦子
旅支度妹の形見の夏帽子
大物の獲物曳きゆく蟻の列

 會澤 榮子
蟻の列昭和天皇記念橋
颯爽と飛行機へ乗る夏帽子

 今井千穂子
安曇野の百円バスや夏帽子
出逢ひ頭人生を問ふ蟻の列

 土田 京子
手拭ひを取り夏帽の父来たる
ひそと告げし蟻あり列の乱れゆく

 渡辺 二郎
夏帽子くるり振向き笑まひける
走る蟻人は五欲の迷ひ道

 相澤 秀司
夏帽子馭者の隣りで娘が手振る
草刈るや新し巣穴に蟻の列

 西田 綾子
車椅子夫婦揃ひの夏帽子
飽きもせず子は見てをりぬ蟻の道

 小山けさ子
閉じ込めし千曲の風や夏帽子
退院の一歩に絡む蟻の列

 田中 洋子
医師の話ぢつと聴きゐる夏帽子
辿り来しわが道程や蟻の列

 北島美年子
夏帽子大釘ひとつ残りけり
蟻塚をなだらかにして雨上がる

 福冨 清子
人工衛星まだ捉へずよ蟻の道
日光月光御前に脱ぐ夏帽子

 佐々木久子
チョモランマへ聖火かざして蟻の列
戻りきし我が愛用の夏帽子

 石井 深也
髪の毛の長き女の夏帽子
行列を時には外れる蟻のをり

 鈴木 昌子
箒目を素早く通る蟻の列
父と子の生活にも馴れ夏帽子

 井上  元
夏帽子あたまの記憶かさね来し
石山寺いしやまの石に思案の蟻一匹

 齊藤 良子
ほゝ笑みがこぼれて居りぬ夏帽子
蟻消えし庭のとまどひ逝く昭和

 原  繁子
手負鴨に近づいて行く夏帽子
生涯に一度の誉蟻の道

 木島サイ子
会釈して去りゆく街の夏帽子
急ぐ蟻コロリ掃かれて今朝の庭

 木島 幸子
墓石古りふるさと遠き蟻の道
くやしさを空に投げたる夏帽子

 本田ハズエ
夏帽子若くつくろふ媼達
蟻走るとどまる所決めかねて

 平野 欣治
黒蟻の歩みの早さ飛ぶごとく
夏帽子洗ひざらして二十年

 高橋 みえ
弟をいつもかばひて蟻の列
パナマ帽の父の若き日怖がりし

 鈴木八重子
蝶の死を葬るがごとく蟻の列
焦りなどないと言ひきる夏帽子

 高梨 豊子
草原の風が欲しがる夏帽子
行軍の靴音聞こゆ蟻の列

 中島 勝郎
オープンカーに頬吹かれをり夏帽子
不連続ながら違へず蟻の列


ページトップへ  トラックバック0 コメント0
光芒抄  早瀬 秋彦 抽出
2008-10-29-Wed  CATEGORY: 昴 9号
光芒抄  早瀬 秋彦 抽出

コーランや隊商宿の夕薄暑  大島 道雄
人生の午後は未知数心太  星  道夫
耳遠き夫を追ひゆく羽抜鳥  會澤 榮子
藤咲くやハイデルベルクの白い壁  石塚恵美子
白日の富良野が叫ぶ麦の秋  佐々木久子
座繰糸引きゐし母よ汗光り  早瀬 安女
水温む役目果せし温首相  柴田千鶴子
老鶯や生き長らへて友葬おくる  川崎 忠康
売られゆく牛の長啼き梅白し  木島サイ子
鵜戸山の閻魔の眼冴え返る  水元 榮子
永訣の白寿の化粧冬晴るる  本田ハズエ
花影に目白のひそむ家路かな  藤原 淑子
繰り返すこの世の節目更衣  原  里歌
ケアハウスに帰心の老いや春浅し  島田ミネ子
帰る日の近き白鳥嘴上げて  立川 明朗
故郷の祭の知らせ届きたる  樋口 栄子
メトロ降り祭囃子の中にをり  内藤 潮南
春光や母の残せし和綴の書  山地 定子
散骨を望む母なり花吹雪  北島美年子
屋久島へ遺影連れゆく夕薄暑  小能見敦子
触るるものみなやはらかし山若葉  藤沢 正幸
単衣着てオペ待つベンチ言葉なく  中島 勝郎

ページトップへ  トラックバック0 コメント0
光芒集  早瀬 秋彦 選
2008-10-29-Wed  CATEGORY: 昴 9号
光芒集  早瀬 秋彦 選

麦の秋  大島 道雄
霾るや砂漠に消えしロプノール
襟足に香水てふ武器滴らす
青垣の山野辺の道風薫る
サンバ響くメリケン波止場夏きざす
コーランや隊商宿の夕薄暑
一郷の寺と檀家や麦の秋
武者返し日は赫赫と蟻の列

涅槃西風  星 道夫
涅槃西風クレーンの鉄鎖ゆれやまず
大仏の耳が大きくアマリリス
大仏殿に初夏の日ざしを受けて立つ
風が地を離れて白きすひかづら
人生の深みの色の夏落葉
人生の午後は未知数心太
桐の花また桐の花試歩の道

連翹  會澤 榮子
耳遠き夫を追ひゆく羽抜鳥
納骨をすませて来たる麦の秋
荒川の源流暗し谿若葉
花冷や予後のCT内視鏡
連翹をまぶしみ垣を曲りけり
身から出し錆数へをり亀鳴けり
うぐひすや錦江湾の朝ぼらけ

藤咲くや  石塚 恵美子
高枝に小鳥さへづる花曇
水仙や一輪挿しの南部鉄
藤咲くやハイデルベルクの白い壁
バラ添へし英国からのカード来る
北沢に豆腐売り来る木の芽どき
春眠の子を家に置きバスを待つ
筑波路に連なる墓や麦の秋

麦の秋  佐々木 久子
白日の富良野が叫ぶ麦の秋
広め屋が車で通る麦の秋
別所線の一両電車麦の秋
玉杯の歌遥かなり春の月
連翹や斑ら明りの播磨坂
晩酌の父の独白河鹿笛
禅寺の雑木の黙や鐘おぼろ

新茶の光  早瀬 安女
トマト食む少女や瞳輝かせ
老いてなほ虚飾の性さがや汗匂ふ
供へたる母の好みし新茶の香
鯉幟勇気を競ふ里の子等
座繰糸引きゐし母よ汗光り
大蓼や地に働きし悔あまた
梅干しの味深まりし朝餉かな

水温む  柴田 千鶴子
道端に今年も咲きし菫かな
土筆摘み袴はぎ競ふ童かな
水温む役目果せし温首相
跳ねて来る新入生のランドセル
桜咲いて人影搖らぐ目黒川
薊咲く夢よ再びキャンディーズ
化石てふ曙杉の木の芽かな

友の死を悼む  川崎 忠康
また一人昔甲飛の桜散る
柔やわら猛も者さ惜しまれ召さる走り梅雨
老鶯や生き長らへて友葬おくる
五月雨や通院澁る病める妻
春風や過疎化の里に家普請
花ふぶき浴びゆく児等のランドセル
老いらくの昔語りや花筵

花あかり  木島 サイ子
売られゆく牛の長啼き梅白し
くぐりてもくぐり抜けても花あかり
母の日の母とはなれずバラの部屋
世に未練なきごとくなり春落葉
天心に月あり森のコンサート
ハーレムの丘に溜まり場野馬肥ゆる
墓参して遠まはりする菊日和

鵜戸山  水元 榮子
若水を汲むや気持ちを引き締めて
節分の護摩の炎明り弾け飛ぶ
山削るショベルの響き春近し
鵜戸山の閻魔の眼冴え返る
梅咲くや鵜戸にあまたの磨崖仏
春浅き水辺明りに鷺一羽
手の甲に老い兆しをり山笑ふ

白寿の化粧  本田 ハズエ
永訣の白寿の化粧冬晴るる
錦秋の七浦峠眩しかり
溜池の浅にけむる蜷の恋
鰤大根好みの味に夫笑顔
笑みあふる米寿の姉や万年青の実
弥五郎の昔語りやゆきもち草
過疎の地の風はらみをり鯉のぼり

目白  藤原 淑子
恋ボタル遠くなりけり畦の闇
かすむ空白き波あり都井岬
春浅き生命輝く双葉出づ
春闘にこの世の地獄見つめをり
花影に目白のひそむ家路かな
様変る世の暗転や春嵐
式終へし安堵や雪の浅草寺

更衣  原 里歌
葉から葉へサーカスに似て青蛙
繰り返すこの世の節目更衣
我も行く君の語りし紫陽花路
ながながと猫のびきつて昼寝かな
自動車のライトに浮かぶ曼珠沙華
銀漢や義理てふ重きものありぬ
小苺や障害の子の目の愛し

ケアハウス  島田 ミネ子
ケアハウスに帰心の老いや春浅し
老い母のミシンの音や春浅し
見守れるわが家の歴史雛飾る
湯豆腐に過ぎゆく刻を惜しみけり
若水にいのちみなぎる生花群
春風や干されて踊る白タオル
水餅やレシピに悩む主婦あまた

函館  立川 明朗
春吹雪たちまちかすむ五稜郭
函館の雪残る坂領事館
祖父在りし函館教会春の日に
帰る日の近き白鳥嘴上げて
花の下輪になりはぬる園児たち
えごの花散り初め星座見るごとく
新緑や母に抱き付く女の子

祭の知らせ  樋口 栄子
吹かれつつ木の芽の光る播磨坂
枝先の匂ひに咽せて剪定す
家ごとの夕餉の匂ひ春の月
路地裏に咲く連翹の花明り
常備薬飲み忘れたる別れ霜
九重の大吊橋や滝光る
故郷の祭の知らせ届きたる

夏祭  内藤 潮南
半月に響く夜宮の手締めかな
メトロ降り祭囃子の中にをり
雷門揃半纏神輿渡御
路地行くや母子で引きし山車の列
仲見世を坩堝と化して神輿揉む
二の腕を見せて解きける祭髪
祭髪解きて少女の顔となり

春光  山地 定子
無き智恵を絞りて一句春灯
挙手の礼して友征きぬ昭和の日
手話の娘の舞ふ様な指春温し
レトロなる路面電車や五月来る
落人の影曳く里や月朧
春光や母の残せし和綴の書
鑿跡も粗き佛像春灯

新緑  北島 美年子
ペンギンのごと歩む児や山笑ふ
散骨を望む母なり花吹雪
囀や内弁慶は親ゆづり
しなやかな竹のものさし昭和の日
新緑や鎖骨美人とすれちがふ
骨密度平均値なり新樹光
くちなしの螺旋ほどけて匂ひけり

屋久島  小能見 敦子
くぐりゆく屋久島の径涼しかり
屋久島へ遺影連れゆく夕薄暑
老鶯は迷ひなきかに声澄める
風生れて金の波だち麦の秋
西瓜の花咲きし行灯囲ひかな
種撒きて自動水掛け見廻れる
麦刈を終へざるままの梅雨入かな

青嵐  藤沢 正幸
遠筑波動かぬ雲や田水張り
触るるものみなやはらかし山若葉
鉄線花蔓の行方の定まらず
ばら園の薔薇のアーチで始まれり
青嵐絵馬堂の絵馬騒ぎ出す
雲の峰神の山より立ちにけり
入道雲掴みかからんばかりなり

単衣着て  中島 勝郎
涼をとる古利根ゆつたり流れけり
鈴本に受け継ぐ伝統夏の宵
蛍舞ふ源平かつせん彩の里
さつき咲き古稀を迎へし今朝の風
単衣着てオペ待つベンチ言葉なく
手術終り心身ともに五月晴れ
退院の渋滞に遇ふ薄暑かな
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
リレー俳談 生かされて  大竹 仁
2008-10-29-Wed  CATEGORY: 昴 9号
リレー俳談

 生かされて  大竹 仁

 中国で起きた大地震、死者は三万人を超えた未曾有の規模となりました。
 そして救援活動の急がれる中、何と中国は、当初、日本からの緊急救援を拒
んだのです。
 それに対して福田総理は「それぞれ国には事情があるのだろう」と。この言
葉には、私は芯から腹がたちました。なにをおいても救援活動を優先させる事
態なのに、まさに他人事。この男は真の指導者ではないとの実感、人命よりも
優先するものがこの世の中にあるでしょうか。
 さて、私も去年の今頃五月から六月にかけて心不全による大病をし、生死を
さまよったのです。そして十五日間の入院、「根の国」を垣間見たのでした。
 「三途の河原」までは行きませんでしたが、いろいろな幻影幻覚を見たので
す。
 先ずは幾何学模様な細工絵、そして何と江戸時代の長屋風景のキネマストリ
ー、今でも鮮明に覚えているのです。まさに奇跡の生還でした。
 そして、私に改めて生きる喜びを、俳句が教えてくれました。特に一般病棟
に移ってからは、その有り余る時間を、日記形式による俳句三昧に過ごしまし
た。
 「花鳥風詠」にはあきたらず、老川指導者の提唱する「内観造型」に魅せら
れて、更なる自己表現力を高めてきました。
 まさに生死を超えた体験を力とし、更なる精進をと思っております。
 今、私は二箇所の句会、そして三箇所への指導、なかでも、介護施設二箇所
へリハビリの一助としてお手伝いをしております。不自由な体、言語を超えて
作句に勤しむ姿には、嬉しさが溢れているのです。
 そして今回、はからずも、市の「藤まつり俳句大会」に五人の方が入選した
のでした。これには本人の喜びは勿論のこと、施設を挙げての喜びとなり、感
謝をされたのです。つくづく今思うことは、俳句をやっていて良かったと言う
実感であり、まさに俳句に生かされている余生だと思っております。

 撫で肩となりし余生の更衣


ページトップへ  トラックバック0 コメント0
リレー俳談 母を詠みゐて  森田 幸子
2008-10-29-Wed  CATEGORY: 昴 9号
リレー俳談

 母を詠みゐて  森田 幸子

  金魚玉母の晩年観てをりぬ (平成十五年)

 今から五年前、母が米寿の年の句である。この頃母はカルチャーに出かけ、
作句を楽しんでいた。
 金魚玉の鈍い硝子のひかりに老いてゆく母の姿が重なり、思わず一句となっ
た。

  母在して何の不満ぞ鏡餅
  子に随くを拒む母在り白牡丹
  卯の花や介護査定を拒む母 (平成十六年)

 まだまだ元気だと自負していた母は、介護査定を強く拒み、家族が説得に大
変でした。庭の卯の花が何故か眩しく感じたことを思い出す。

  きさらぎや母の薬を小分けする
  一の酉母の奢りのディナーかな

 次の年秋、母は卒寿を迎えた。
 まさに誕生日の夜明け前、トイレに起きた母は、布団に躓き転倒、腰を痛め
てしまった。それからの二ヶ月くらいは、腰の痛みに加え低血糖症も重なり、
立ち上がりも難儀な様子で、床に臥せていることが多くなり、母の句は避けて
いた。

  九十の母に真紅のかへり花 (平成十七年)

 漸く快復の兆しを見えた頃、真紅の花に譬えその喜びを表現した。

  きさらぎや母の生薬煎じすぎ
  卒寿なる母もをみなか白牡丹
  母とする蒟蒻問答春炬燵 (平成十八年)

 この頃から物忘れがひどく、同じ質問を何度もするようになり、蒟蒻問答を
連想したのだ。

  卯の花や卒寿の母の薄化粧
  度忘れを母に笑はれゐる炎暑
  さみだれや留守居の母に飴ふたつ (平成十九年)

 雨の日、句会にでかけようとしていた私に、「今日も俳句?」とちょっとさ
びしそうな顔を向けられ、鞄の中から飴玉を二つ母に渡し出かけた。

  甘茶仏母のわがまま聞き流す
  かなかなや母を叱りて哀しかり

 一日でも長く母を詠むことが出来るよう願いつつ。

  笹鳴きや老いても母に甘えたし (平成二十年)


ページトップへ  トラックバック0 コメント0
新句集紹介  小林 量子
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 昴 9号
新句集紹介  小林 量子


 句集「椅子」  久行保徳
 昭和二十一年徳山市生まれ。昭和四十二年より俳句を始め、現在「清玄」無
鑑査同人。「草炎」主宰。「椅子」は第一句集である。
 昭和四十四年から平成十九年までの作品を収めた句集は、師の、故大中祥生
氏の「俳句の伝統は、醒めた主体が掴み直す人間性と、その風土とのかかわり
の中にこそある」との精神を大切に、俳句を追い続けた珠玉の作品が並ぶ。

 日の渦へ椅子磨き合う喪の家族
 鳥雲に飢えてきらりと喉ぼとけ
 安定のふりして戦ぐ花すすき
 咳いて拈華微笑の椅子さがす

 無季俳句、口語俳句、自己の内的風景を詠った句、心象や暗示等々、多岐に
わたる作者の世界が展開する。

 冬菜漬く母の腰より暮れにけり
 四万十の水の昂り鳥わたる
 産土の水に手浸す帰省の子

 比較的平明な句にも深い味わいがあり、心惹かれる佳句が多い。

 梅の椅子優しい昼を濡れている
 夕桜闇やわらかに狂いだす

 作者の美意識の奥に存在する深層心理の描写が魅力的な句を挙げ、この二句
に出会えた喜びに浸っている。
 山口県在住。現代俳句協会会員。山口県現代俳句協会会長。 〈東京四季出
版刊〉


 句集「二重唱」  泉田秋硯
 大正十五年松江市生まれ。昭和二十年京大俳句会幹事長、現在「苑」主宰。
「二重唱」は「春の輪舞」「梨の球形」「苑」…「黄色い風」に続く第十句集
である。
 俳句歴六十三年という著者は、「芭蕉や虚子には詠めない現代人の句を作ろ
うと志した」とあとがきに記されている。単調な句の羅列で読者が読み飽きる
ことのない句を選んだという言葉通り、一気に読み終えた。

 凍裂やどの樹討死せしならむ
 片蔭を刺客のごとく急ぐなり
 風花に唇吸はれけり吾に返る
 囀の此処を静かな場所といふ
 落葉絶叫人に聞えぬ波長にて
 蜃気楼おおと全員釘付けに
 走るなり寝るなりどうぞ大花野

 俳句とは、かくも自由で楽しいものであったかと、改めて自在な発想に驚き、
句の面白さを噛みしめた。

 半端酒畳鰯がうれしくて
 冬眠を終へたる心地退院日
 雛壇に不埒な猫の眠りゐる
 人の眼に曝されどほし牡丹散る

 前立腺癌、胆石摘出と病を克服した著者の、しみじみとした佳句にも惹かれ
た。
 宝塚市在住。俳人協会会員。兵庫県俳句協会理事。 〈文学の森刊〉


 句集「深雪晴」  高橋久子
 昭和三年新潟県生まれ。昭和六〇年より俳句を始め、現在「海原」同人。
「深雪晴」は第一句集である。
 五〇年余り新潟県の雪深い地に暮らし、その後、神奈川県に移り住んだとい
う著者の、故郷越後の句には、土地への深い息づかいが伝わってくる。

 組稲架や此処は越後のど真中
 深雪晴越後つついし親不知
 仏壇をていねいに拭き菊日和

 二句目は句集名となった句で、越後つついし親不知と畳み掛けるリズムも
心地よい。

 赤い羽根一番小さき手より受く
 雨が好きひとりが好きと蝸牛
 亡き人を一羽に重ね冬の雁
 足元に秋の来てゐる水の郷
 秋草に風低くきて語りだす

 女性らしい柔らかな感覚の句が、安らぎを誘う。細やかな物象に対するとき、
著者の見せる童心が鮮やかに表出されるようである。
 東久留米市在住。俳人協会会員。 〈文学の森刊〉


 句集「花野径」  内藤さき
 昭和七年生まれ。昭和六〇年より俳句を始め、現在「浮野」同人。「花野径」
は、第一句集である。
 平成元年の天城俳句大会で特撰句に推された「天城嶺の雲に近づく花野径」
にて、句碑建立の栄を得、この句碑の句より句集名が付けられている。
 愛着の深い郷土天城の風光をふまえた自然詠には、柔らかな詩情が溢れる。

 海光を一すぢ容るる春の川
 山葵田の水の夕ふれ初蛍
 谷川の音に傾く合歓の花
 揚舟を伏せて浜辺の小春かな

 また、身辺を詠った句から滲む細やかな感性は、数々の佳句を生む。

 たそがれの起居を透かす青簾
 また一人掌を浸しゆく水の秋
 母の手の縫い目美し秋袷

 のびやかな諷詠を貫く透明な感性に誘われ、しばし、伊豆の豊かな自然の中
に浸ることができた。
 句集の最後を飾る句も、見逃せない。

 枯芙蓉かへらぬ日々の美しく

 静岡県在住。俳人協会会員。 〈文学の森刊〉


 句集「乾坤風韻」  山内一申
 大正九年静岡県生まれ。昭和三〇年頃より俳句を始め、現在「秋」同人。
「轍」同人会長。「乾坤風韻」は第一句集である。
 八十歳まで大学の教壇に立ったという著者は、専門の流通業界での海外視察
は五十回を越え、その折々の海外詠をまとめ、この句集に収められている。

 大ナイル大ピラミッド大西日
 炎帝は怒り地中に王の墓
 百両の貨車一条の大枯野
 ロッキーへ道一本の麦の秋
 パリ残暑背中はどれもジャンギャバン
 水光り西湖白堤楊柳やなぎ萌ゆ
 天も地もなくフロリダの大夕立シャワー
 死に向かふ兵らの凭りし壁冷ゆる

 カイロ、カナダ、パリ、中国、アメリカと壮大な風景の中にあって、その臨
場感と重厚な迫力を余すところなく表出している。
 また、旅先における感慨を詠った句にも惹かれた。

 片言の日本語群れて夏饐える
 秋の夜の孤独にかへるドアチェーン
 穂薄や行くも帰るも後ろ髪

 川崎市在住。 〈角川書店刊〉


 句集「安宅」  渡 たみ
 大正十三年徳島生まれ。六十歳より俳句を始め、現在「馬酔木」同人。
「安宅」は第一句集である。
 安宅は著者の生誕地であり、阿波水軍の基地でもある。また御祖父が水軍の
侍であったことなどから、句集名を名付けたと記されている。

 雛の宴父のあぐらに子の二人
 ぶらんこも席に野外の児童劇
 父の声ひときははづれ卒業歌

 八十歳まで自宅で、中高生に数学を教えていたという著者は、今は塾をやめ
俳句を日々の楽しみに過ごしているという。

 曲り屋に虫鳴き遠野物語
 きちきちや夕日染み入るでんでら野
 鈍行の切符一枚花めぐり
 青鰻や母の紬の身になじみ

 最後に、精神の充実した日々を過ごす中から生まれた、現在の境地を詠った
句を取り上げたい。

 一心を杖に託せり霜の声

 徳島市在住。俳人協会会員。 〈角川書店刊〉

ページトップへ  トラックバック0 コメント0
現代俳句管見(八)  米山 光郎
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 昴 9号
現代俳句管見(八)  米山 光郎

梅雨茸を掃きて禍福をくつがへす  小林 篤子
(「俳句」六月号)
 小林さん俳句は、総合俳誌でよく拝見している。俳句は己を詠う詞芸である
といわれているが、私も同感である。小林さんの俳句も自己中心の作品が多い。
この自己中心をいかに表白するか、ここに個性があるのだと思う。俳句の中に
自分をどう立ち向かわしめるか。極めて鮮やかに句を詠むのが小林俳句といっ
ていい。
 〈梅雨茸を〉の句には、人生に積極的に向き合っている作者の姿が浮かび上
がってくる。それは〈掃きて〉という表白の中に、全てがいい尽くされている。
俳句との一本勝負といえそうである。私の庭隅にうす茶いろの梅雨茸が一叢生
えていて、今日またその数を増やしている。秋の茸とは異なり風情のなさから
はけっして幸福感は湧いてこない。作者は、この梅雨茸を掃くことによって、
禍福をくつがへそうというのである。作者のエネルギーの強靭さを感じさせる
一句である。

つぎつぎと花を放ちて枝細る  野中 亮介
(「俳句」六月号)
 俳句では「花」といえば即ち桜花を指すことが、ことわりである。では一体
桜花と花はどう使い分けているのであろうか。これははっきりした定義はなさ
そうに思う。あるとすれば、桜と呼ぶ場合は桜の木の側に立って、花を呼ぶ場
合には作者の心の内に立って詠うということだと思う。しかし、この二つの思
いを一つに詠うことも当然あり得る。私の師、八束は常々季語の二面性を説い
ていた。あるいは、この桜花の季語からのことかも知れない。
 〈つぎつぎと〉の一句、見たままを詠ったまでのことである。それでいて読
む者の心を惹きつける力はなん人であろうか。〈枝細る〉という結句の実在感
がこの句を重く大きくしている。それは、桜という花の大きさをより大きく提
示しているからに外ならない。

うぐひすに首のうしろの淡きかな  奥坂 まや
(「俳句四季」六月号)
 最近、鶯の声を聞くのは五月に入ってからが多い。梅に鶯というけれども、
梅の花の盛りには殆ど聞かない。山梨の田舎だけの現象なのだろうか。この鶯
の鳴き声たとえ五月であろうと絶品である。また、その姿も鳴き声にふさわし
い。
 〈うぐひすに〉の句、これ程、鶯の姿をこの鳥にふさわしく表白した句を知
らない。〈首のうしろの淡きかな〉という十二字、俳句は断定の文芸といわれ
ているけれども、この「淡きかな」という断定は、作者の手柄であり、俳句と
いう詞芸でないと果たし得ない力であるといっていい。このような俳句を詠い
たいために、多くの俳人は指を折っているのである。いい得て妙の秀品である。

服わぬものの一つに雪解光  高野 ムツオ
(「俳句通信」43号)
 俳句というたった十七字の詞芸であっても、なかなか自分の意のままになら
ない。あるいは十七字という型であるがゆえに、意に任せないのかも知れない。
もっというなら、この意のままにならない詞芸を、意に任せるように表白しよ
うとするところに、俳句の面白味があるのかも知れない。
 〈服わぬものの〉の句。〈雪解光〉のあのまばゆさは、とらえどころのない
光である。作者はそれを服従させようとしているのである。勿論、服わぬもの
と知りながらである。高野さんの俳句は、己のこころが表に現われている。
そのために作者と読者とでは読み取り方にへだたりがあるかも知れない。高野
さんの俳句は、私のような者より、一層高みにあるのかも知れない。
早く〈雪解光〉を己の光として欲しいものである。

花は今宙そらをあそびの国として  志摩 知子
(「和賀江」五月号)
 同時発表の句に〈夫なしの過ぎこし花は幾そ度〉がある。夫とは志摩芳次郎
氏のことであり、知子さんの夫なのである。芳次郎亡きあと結社誌「和賀江」
を主宰し、すでに二百号を超えている。
 〈花は今宙を〉の句からは、論客芳次郎の胸中を思わす豊かなあそび心が満
ちていて、俳句の今ある姿の示唆とも窺える。〈花は今〉といっているけれど
も、〈花〉とは俳諧のことであり、〈国〉とは句誌「和賀江」のことかも知れ
ない。作者の俳句とのかかわりが存分に窺える佳句である。

亀の背に乗つて朧となつてゆく  石田 時次
(「鬨」創刊号)
 石田時次さんは、松沢昭氏主宰「四季」の重鎮として知られている。「鬨」
は、「四季」の衛星誌としてまさに鬨の声をあげたことになる。これからの
俳壇の動ぎない石としての役割を大いに期待したい。
 〈亀の背に〉の句は、石田さんの心象俳句としての特徴が現わている。
しかし、俳句としての定型、有季、切れはしっかり守られていて詞芸としての
形式は引き継がれているといっていい。〈亀の背に乗つて〉という一節から、
作者の詩心は、現実から離れたところに浮遊しているかのようである。それを、
〈朧〉という言葉で現実にもどそうとしているのだが、朧では確りした足場が
ない。そのところを上手に納めているところに、石田俳句の新しさがある。

手毬つく音の盲ひてゐるごとし  八田 木枯
(「晩紅」30号)
 俳句はあらゆる事象を五感で感得し、それを、己の掌中で句に詠い上げるも
のである。だから、あくまでその事象は人間と等間隔でなければいけない。
そこに俳句詞芸の存在価値があるように思えてならない。
 八田さんの〈手毬つく音の〉には、作者の濃密な思いが存分に込められてい
る。〈盲ひて〉という表白が、まさに、それなのである。手毬つく単調な響き、
その単調さは正月の空の下には成程、ふさわしく大らかである。それが、一日
中続いていると、その響きはリズムとしては無くなってしまうというのである。
 たしかに、聴覚から消えて自然と同化するのかも知れない。その想いを、
作者は〈盲ひて〉と、とらえている。俳句にここまで、自分の想いを厚く表白
できるのは、あるいは八田木枯さんしかいないのかも知れない。

春宵や香煙鱒二書へなびき  雨宮 更聞
(句集「坡はきょう」)
 更聞さんとは、年齢もそれ程変わらない。蛇笏、龍太の俳句の里・境川小黒
坂に生まれ、今「白露」の同人として活躍している。更聞さんとは、「雲母」
時代、甲府例会に同席したこともしばしばあった。
 句集名「坡はきょう」の坡は傾斜した土地、はためらいなく受け入れる意と
いうことである。坂のある生活環境を享受しての四囲の実景からだという。
 〈春宵や〉の句は、(序にかえて)の中で「白露」主宰広瀬直人氏の秀作抄
に、全て語られているけれども、井伏鱒二と龍太師のつながりの濃さが十二分
にただよって読みとれる。秀品といっていいであろう。
 〈朧夜の遺品に満たすインクかな〉〈草青む後山へ開く棺窗〉〈天道に鳶の
滑空龍太の忌〉。句集「坡」は、師龍太を回想する時には離すことのできない
一書といっていい。

駄菓子屋の玻璃窓明り水温む  老川 敏彦
(「昴」第8号)
 先師・石原八束が、伝統俳句の中に、西欧象徴詩の手法を入れ、季語を自然
の窓ととらへ、人間の内側を見つめる〈内観造型論〉を俳句詠法の自論として
「秋」を結社して世に問うたことは、ご承知の通りである。老川主宰は「秋」
が、八束主宰となる一年前、即ち昭和四四年に「秋」に入会している。先師、
八束に育てられた秘蔵の一人といっていい。老川主宰の俳句はだから、季語を
自然の窓とし確りと「秋」の径を歩んできた。
 〈駄菓子屋の〉の句、駄菓子の硝子窓のあかるさを見て、作者はそこに春を
感じたというのである。表面的な句意はどこにでもみられる平凡な情景である。
しかし、老川主宰の句からは、日本の原風景が窺えてならない。それは、常に
日本語をしっかりと伝えたいという意がひそんでいるからである。〈水温む〉
という季語を、駄菓子屋の玻璃窓に見てとる感覚は、やはり日本人特有なもの
ではないだろうか。十七字という俳句の定型を大事して、二十一世紀の俳句を
詠い継ぐ姿を、私達は老川主宰の俳句の中から学び取らなければいけない。
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
俳句の言葉 蝶一頭に寄せて  松乗智子
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 昴 9号
俳句の言葉 蝶一頭に寄せて  松乗智子

 蝶は、原則俳句に限らず、「頭」で数える。
 あくまでも、 原則であり、 他に 「匹」 「羽」 ども数える。
 「頭」と呼ぶに至ったについては、諸説あり、定説はない。
 「数え方の辞典」では、英語圏で、牛など家畜を数えるに、「head」で
数えていたので、動物園で飼われている全ての生き物につき、[head]が
用いられ、そのうち昆虫学者たちの学術論文で、蝶の個体数を、[head]
で表すようになった。これを日本語に直訳し、誤訳?が定着した。この説が、
有力と言われている。
 この他では、日本の昆虫学者の祖が、『頭』と表記し、定着した、あるいは
ドイツ語で、蝶を採ることを、「蝶狩り」と呼ぶそうで、そこから動物を数え
る「頭」を当てはめたとする説などあり、研究者や専門家の間では『頭』と数
え、またこの数え方が、一種のステイタスになっている等々。

   ものの数え方と言葉探偵団 幻冬舎コミックス刊、小松睦子著

 以上の通り、諸説あり、定説はないが、俳句では「頭」で良いと思われる。
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
文化的輸出商品  星 道夫
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 昴 9号
文化的輸出商品  星 道夫

 春、北風の日、百代橋の上に立った。「月日は百代の過客にして行きかふ年
もまた旅人なり云々」思わず心の中でつぶやいた。
 流転の実相の中における不変の真実を発見のための、芭蕉の詩への旅が頭を
よぎり、旅路をたどる機会があれば、現代の一瞬を生きる自分の生の真実を手
に入れられるかと思う。
 俳句は、言うまでもなく、輸出立国日本の中での文化的輸出商品の一つとし
て、世界中の人々に親しまれ、わが国の工業、経済発展を支えた文化の基礎と
目されているといわれる。
 昨年、山形県の立石寺を訪れた時、米国からの観光客三十名くらいが、芭蕉
の蝉塚の磴のところで、かわるがわる写真を撮っていた。そのうちの何人かの
手に、ローマ字で書かれた「奥の細道」「芭蕉」と言うパンフレットを持って
いた。軽い挨拶をし合いながら、俳句を世界的な高さにまで高めたのは芭蕉で
あるとその時実感した。生涯をかけて残した文化遺産『奥の細道』。このこと
を受けて、現在の俳句輸出国の国民として言葉の芸術、日本文化とは何かを常
に問い直し、自己を見失わず、責任とまた喜びを感じながら、新しい自己の可
能性を発見できる道にハイブリッドしてゆきたいと思う。
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
画家と長寿  藤原 香人
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 昴 9号
画家と長寿  藤原 香人

 「画家の長寿を探る」という展覧会が東京の練馬区立美術館で開かれていた
ので出掛けた。入口は「芸術は寿いのちなが し―画家に長寿が多いわけ」と
いった大きな看板がかかっていた。
 日本人の平均寿命は男七八・七九歳、女八五・七五歳と世界でナンバーワン
の長寿国となった。本当に少子高齢化社会を歩んでいる。この展覧会には、今
年百歳になった練馬区在住の品川工たくみさんの最近作なども展示されている。
 このコレクション展は、八十歳を超えて生きた画家二十四人の、青年期から
晩年までの作品を制作した時の年齢とともに展示し、長生きした理由と思われ
る画家の言葉を紹介している。
 その一人、洋画家の寺山義雄さんは、明治二十七年に横須賀市生れ、北海道
根室で代用教員をしながら制作をつづけ、大正十年に渡仏、マティスに色彩表
現を賞賛されたという。昭和十年に帰国、制作をつづけた。寺山さんは「絵描
きは展覧会も死んでからやってもらうのがよい。あんな事をしていると絵を描
くひまがない佐伯祐三のように二十歳台で仕事する人もいるが、私はのろまに
生きて来たのでしかたがない。まだ九十四歳と八ヶ月、元気なうちにだれにも
わずらわされないところで絵を描きたい。冷水マサツと、二百数えるまで逆立
ちをやっているからもう一度絵を勉強したい。死ぬところはどこでもよい、ど
っちに転んでもおんなじだと―」。寺山さんは平成八年十月九日、百二歳で死
去された。
 品川さんの版画展は、戦後の四十七年に制作した「石仏」「雲」から今年一
月にこの展示会のために制作した「流動するフォルム」まで六十四点を展示し
ている。
 品川さんは、百歳になっても、自分の思っていることを作品を通して伝えた
いと語ってくれた。杉並区から来たという大山さんは、「私のような素人の目
にも、最近の作品ほど見た感じは明るく前向きな感じがする」と感想を聞かせ
てくれた。
 芸術家は、本人が亡くなった後、遺した作品とともに永く語りつがれ愛され
る。かつては「夭折の天才」たちが讃られることが多かったが、高齢化社会に
ともなって「長命の天才」の活躍が目をみはるものがある。

百歳の画伯凛たり春惜しむ  香 人


ページトップへ  トラックバック0 コメント0
他誌管見  岸本 正子 (其桃・対岸・鶴・蕗・松の花)
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 昴 9号
他誌管見  岸本 正子

(其桃・対岸・鶴・蕗・松の花)

「其桃」5
  主 宰 中村石秋
  発行所 下関市竹崎町一―十六―三
  主宰作品「ぶらんこ」より

 からからと指刺すまでに鹿ひ尾じ菜き干す
 ぶらんこを漕ぎ出し空に水脈を足す
 さくら咲く樹影百年したたらす

  同人作品より

 看護師はまつ白な風春動く  中井芳穂
 母見舞ふ雪の重さを傘にうけ  林 君子
 折るほどに指に情わく紙雛  田村迪子

  其桃集より

 あやに美し枝垂桜の垂るる寺  宮崎文恵
 海鼠千裂き終へ母の顔となる  矢口鈴子
 音もなく降り積む雪や永平寺  井手澄子

 「横山一石句集『朧月』に寄す 中村石秋」
 根っからの下関人であり、根っからの国鉄育ちであった一石さんが此の度
家族からの米寿の祝いに奨められて句集を発刊されることになった。
こんなに美しい話はない。と主宰が冒頭に述べられた、
その文中よりの著者の句を左記に。

 汽車発たす掌に真白き夏手袋
 炎天を打つたび動く釘袋
 兵たりし脳裏をよぎる威し銃
 栗飯や耳の底から母の声
 朧月米寿へ一歩踏み出せり

 「桃蕾集」の選者松井童恋氏は「俳句の季題は置いただけで光るよう」と
お書きですが、此の一言もまた、光りを放って…。


「対岸」2008・5
  主 宰 今瀬剛一
  発行所 茨城県城里町増井一三一九
  主宰作品 「三月」より

 来し方に踏みし土筆の数思ふ
 とめどなき芽吹きの中に母校あり
 冬籠り一書を抜けばみなくづれ

 「赤沼登喜男氏」を悼む主宰の文章に、心底から胸を打たれました。
「非常に男っぽい、それでいて繊細な感覚の持ち主で、私を心から信じ病を
押してでも私の出る句会にはどこまでも付いてきてくれた…(以下略)。」
との文中から故赤沼氏の同人としての、はたまた主宰の弟子としての御心の
有り様の純粋さ、それ故の潔ぎ良い身の処し方等、迸るような一途さが
伝わってきまして、心が引き締まりました。自分の抱くものの粗末さに愕然
とすると共に、主宰のどうあっても「ときお氏」へ餞のお言葉をとの熱い
御心情が推察され、目頭が熱くなりました。真摯な清流は暗渠を経て
地上に出、更に天上の浄水として輝きを彌増されたことと思います。

  晴天集より

 灯をともしつづけて春となりにけり  藤井美智子
 やがて止む間遠さであり牡丹雪  小松道子

  高音集より

 立ち止るひとを映して春の水  飯島かほる
 麒麟見るキリンは春の雲をみる  篠田たもつ

 「母の盥   安嶋都峯」
 母上・盥・其の時代にまつわる思い出の数々。その最終章、入院中の母上が
亡くなる三ヶ月前、看護師さんに連れられ屋上で辺り一面の桜をご覧になった
折、「病気になっても桜が見られて、ありがとう。」と仰られた…と。
  対岸集 今瀬剛一選より

 白鳥の羽の中なる太き骨  森戸 昇
 雑巾をきちんと干して卒業す  井上千代
 のどけしや頬杖の跡うつすらと  野尻凱子


「鶴」五月号
  主 宰 星野麥丘人
  発行所 国分寺市並木町一丁目二一―三七
  主宰作品 「百椿居」より

 春は曙昔むかしの百椿居
 梅咲いて袴穿く日のありにけり
 遠き日の近くなる日や春愁

  飛鳥集より
 ばらいろの話にうかと冴返る  橋本末子
 春光や髪飾りして女車夫  今福心太

  栗羽集より
 顔の上波流れゆく雛かな  金田初子
 白き雲美しバレンタインの日  兼藤 光

  鶴 俳句  星野麥丘人選より
 紐固く旧正の荷の届きけり  大山千代子
 六十を越えてバレンタインの日  うてなミヨ

 主宰の、うてな氏の句評を要約させていただきます。昭和四二年、当時の
鶴の話題作である矢野絢けん氏作の「六十も女盛りや初鏡」を掲げて
「初鏡とバレンタインの日では季語が違うだけじゃないかと言われそうだが、
この季語の違うところが大事なところだ。ここに四十年の時間の流れが
はっきりと窺えるのである。切字も写生も大事だが季語のあしらいに意を
用いることを忘れてはなるまい。彼岸も過ぎたから「暖かや」、なごやかな日
だから「麗かや」、ゆったりしているから「長閑さや」では困るのである。」
しっかり心得たいお言葉。

  「一句誕生」
 冬港ハーレーダビットソン揃ふ  冨田佳子

 作者は神戸在住、神戸埠頭を舞台の「ハーレーダビットソン・クリスマス
パーティー」整然と並ぶ百台を越える、磨きぬかれた各人のバイク、流れる
ジャズ、出航する観光船、そしてバイクを中に数人の若者と話していたひとは
細身で中背、白髪と黒のレザーが良く似合う輝くばかりの笑顔を持つ美しい
男性であった、一体どういう人だろうかと気になった…。そして誕生したのが
右のお句、全に神戸の魔性めく魅力が背景にあってこその作品と存じます。

  「自選句欄管見 光本正之」より
 あてもなく来て深川のさくら鍋  江口千樹

 光本氏は「一読して私の心をとらえた此の句何と説明したら…(中略)
長年にわたって身についた俳句が自然にこぼれたかのような句。」と評されま
した。砂地に水がしみ込むように納得する評と読ませていただきました。


「蕗」 5月号
  主 宰 倉田絋文
  発行所 別府市中須賀元町八組
  主宰作品 岬―近詠―より

 ながながと岬が春をひろげけり
 枝に揺る椿を見てる落椿
 灯ともして即ち春の障子かな

  雑詠  絋文 選より
 東の塔西の塔初明かり  難波三椏
 表札に猫の名増えて春うらら  稲田眸子
 読みどほりバレンタインのチョコレート  田中三樹彦

 右三句の主宰の評を要約させていただきます。難波氏作品、寺院の広さと、
その空間の業が歴史の中に浮き彫りにされたような清浄さが漂う。
「初明かり」でいっそうの厳かさがあり(中略)心洗われる一句。
稲田氏作品、まさに家族の一員。天に授かった生命は一つとして粗末に
出来ない、猫の名は?(お一人お一人想像して下さい。(以下略))
田中氏作品「どう読んでいたのか相手の心を…」。事が「バレンタインの
チョコレート」であるから楽しい。(さてホワイト・デーはどうするか。
それも答えは出ているのであろう。ホホホ)。とありますが、ご批評から
荘厳清澄の気が、また弱きものへの深い御情愛の生命讃歌が…と感じ入って
おりましたら、なんと次はお茶目な「ホホホ」でした。
作者への「してやったり」の主宰の御顔が目に浮びまして当方は「ウフフ」と
なりました。なにしろホワイト・デーは帰りはコワイ天神様の細道ですもの。

 さくらみてひこうきとばしすべりだい  5才 さくまぜん
 葉牡丹の渦魂を包み込む  99才5ヶ月 坂手有里


「松の花」 5
  主 宰 松尾隆信
  発行所 平塚市立野町七―九
  主宰作品 湘南抄より

 立春の山河朝日に洗はるる
 まつさきに紅梅昏れてゐたりけり
 一番に来るてんぷらの蕗の薹

  竜紋集 自選より
 七千トンの船上にして陽炎へり  牧野眞砂子

  松の毬集 自選より
 売りつくしセール賑はふ余寒かな  あべみゑ子

  翠嶺集(同人作品)松尾隆信選より
 啓蟄や声はり上ぐる測量士  小菅恒子

  松の花集 松尾隆信選より
 榾燃ゆる匂ひのなかの初音かな  松尾和代
 霾ぐもり兎は飼育小屋に老い  岡本利英

 岡本氏の作品、主宰の評の一部に「黄砂に汚れ、ただもぐもぐと口を
動かしている老いた兎。現代の兎の姿、どこか人間臭い兎だ。」
とありますが、作者の着想の妙もさりながら、兎の彼方の大局を
見据えられた主宰の御言葉が、ズンと強かに胸内を震撼させました。
 意義も奥も深い作品が揃った誌と存じます。 完

ページトップへ  トラックバック0 コメント0
詩性探求 4/4
2008-10-01-Wed  CATEGORY: 昴 9号
耳遠き夫を追ひゆく羽抜鶏  會澤 榮子
 次第に年齢の深まりを意識するようになった夫婦の、戯画化された或る日の一コマが浮かんでくる。最近きわ立って耳が遠くなった夫に、日日付き従っている妻としての作者が、それ自身を「羽抜鶏」に寓意している。いつも早足で歩いてゆく夫に遅れまいとして、つまづきながらも追いかけてゆく姿に、一沫の自嘲と可笑しみの思いが搖曳している。

白日の富良野が叫ぶ麦の秋  佐々木久子
 鮮明な一幅の油絵を見るような作品である。作者は或る日北海道富良野の地を訪れて、その広大な原野に延べ広がる麦秋の色彩に心から感動を覚えたと思われる。「白日」という上五を受けての「叫ぶ」という力強い表現の効果が、その感動を直截に伝え、読む側の心に如実な映像を突きつけてくる。擬人法ではあるが端的な表現ゆえに効を奏している。

水温む役目果たせし温首相  柴田千鶴子
 過日来日した温首相と、作者は太極拳を共にしたとのことである。日中友好のさまざまな行事に参加し、無事役目を果たして帰国したその首相の印象は、作者の胸にいつまでも焼き付いているに違いない。「水温む」という上五に据えた季語が、首相の人柄や、にこやかな風姿を思い浮かばせ、語り合ったひと時の追憶に心和む作者の風貌が浮かんでくる。

老鶯や生き長らへて友葬る  川崎 忠康
 〈百姓の生きて働く暑さかな〉とは、江戸の俳人蕪村の作であり、気強く生きる人間の風姿を如実に思い浮かばせる作として有名である。揚句は「老鶯」という季語に悲しみに暮れる己が姿を託し、長い人生を生き抜いて来たことへの複雑な感懐をしみじみと込めている。実直な表現が寸分も飾り気ないために、読む側の心に沁み入ってくる思いがする。

永訣の白寿の化粧冬晴るる  本田ハズエ
 九十九歳の長寿を全うして逝った人を追悼しての作。死化粧がきわ立って見えてくるのは「冬晴るる」という座五の印象的な端的描写から来ていると思われる。「永訣」という上五の据え方もさることながら、余念なく化粧されて送り出される故人の、その風貌までが見えてくる思いがするのは、やはり虚飾のない表現の成果に外ならない。


俳誌「昴」運営基金ご協力ありがとうございました

相澤秀司・伊澤トミ子・井上元・岡田律夫・齊藤眞理子・鈴木八重子・林美智子・
久篤子・内藤宗之・仁木孝子・西田綾子・火野保子・森万由子・山口梅子
(順不同・敬称略)

 ――記――
 一口 一、〇〇〇円(何口でも可)
 振込み先 ㈱新製版昴出版事業部
 振込み口座 朝日信用金庫湯島支店
 西村 充志アツシ
 普通預金 〇一四―〇三八〇九五八
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
詩性探求 3/4
2008-10-01-Wed  CATEGORY: 昴 9号
風光るフランスパンと笑ひ声  伊澤トミ子
 作者独自の俳句世界が展開されている。この一句も日常茶飯の中から発想されたものであるが、何処かエキゾチックな雰囲気を醸し出しているのは「風光る」という爽やかな季語の選定から来ていると思われる。談笑している家族達の声を厨あたりで聞きながら、ひと時の幸福感に浸かっている作者の風貌が浮かんでくる。明るい日射しも感じられる。

肩張つて孤独に耐ふる羽抜鶏  谷口 秀子
 この一句は羽抜鶏の生態を表現しているのであるが、その裏側に作者の人生に対する感懐が秘められているから、一筋縄では行かない風趣が読む側の心に突き入ってくる思いがする。即ち孤独感に苛さいなまれ、それにじっと耐えている一人間の様子が痛切に感じられるからである。〈冬蜂の死に処なく歩きけり〉という村上鬼城作に通じるものがある。

夏柳オフィーリアの指触るるほど  福冨 清子
 夏柳の豊かな緑のしたたりから、作者はシェークスピアの名作「ハムレット」の悲愴な一場面を思い浮かべている。恋人に父ポローニアスを殺されて狂死したオフィーリアの幻が、触れるほどに垂れ下った夏柳の下影に浮かび、その指先にかすかに触れ動くかに感じられたというのである。ほの暗い水面と葉漏れ日のきらめきの中から、妖しく発想された一句の雰囲気が重厚に迫る。

地下鉄を乗り継ぎてゆく桜狩  渡辺 二郎
 江戸時代からの風習となっている「桜狩」は王子の飛鳥山あたりも想像させるが、上野公園や千鳥ヶ淵あたりの風景も鮮やかに思い浮かばせる。特に吉野の桜は雄大に迫る。作者は或る春の一日、その桜狩に赴いたらしい。しかし地下鉄づくめの東京という大都市に住んでいる作者は、幾つもの地中の暗がりを抜けて行く。現代文明の笑えない現実である。

木曾谷の明るくなりし麦の秋  西田 綾子
 木曾に生まれ、木曾で育った作者の豊かな懐旧の思いが込められた作品である。木曽谷をわが家のごとく思い、そこを飛び跳ねて遊びまわった幼時の記憶が何時も作者の胸には甦ってくると思われる。折からの麦秋の季節に久々に故郷を訪れての感懐が「明るくなりし」という中七の素直な感動表現に込められている。

紙飛行機の来てゐる広場水温む  山森千佳代
 明るいメルヘンの情景が鮮明に浮かんでくる作品である。水温む季節に或る広場を訪れた作者が、そこに「紙飛行機」を見出したというのである。どこかの子供が一心に折り上げたと思われるその飛行機の可憐な形が、穏やかな春の日を浴びて静かに傾き止まっている。それを「来てゐる」と表現した中七の効果が楽しい。遠くに子供達の声が響いている。

無我夢中に生き来て枯野見つめをり  山口 梅子
 素直な発想で最近俳句を為すようになった作者の一句である。〈しっかりと生きゆく私からすうり〉という同時作の前に置かれている。「無我夢中」という上五が、必死で生き抜いて来た半生への回顧の思いを示している。そしてその疲労困憊の果てに作者が見たものは茫漠と広がる「枯野」だったというのである。人生観照の深い悟りにも似た思いが感じられてくる。

コーランや隊商宿の夕薄暑  大島 道雄
 シルクロードへの吟行作と思われる。イスラム世界の隊商宿(キャラバンサライ)が並んでいる処を訪れて、厳かに響くコーランに耳を傾けている作者の風貌が浮かんでくる。折からの薄暑の暮れ方に、アラーの神に祈りを捧げる敬虔な声が澄み透るように聴こえている。長旅の疲れも忘れて、ひとり夕影を曳いて佇んでいる作者の姿が見えてくる。

人生の午後は未知数心太  星 道夫
 作者独自の人生観照の味わいを込めた一句である。中七の「未知数」という表現の中に、現代社会に生きる己れ自身の際限のない思考が息づいている。そして午前ではなく午後であるところから、気怠けだるいような生活感覚が彷彿とする。しきりに心太を啜り続けている作者の脳裏に、いぶかしいまでに搖曳する危惧の幻影が際限なく明滅している。
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
詩性探求 2/4
2008-10-01-Wed  CATEGORY: 昴 9号
病廊のひそひそ話著莪の花  火野 保子
 病院の廊下の暗がりで、周囲に気を使いながら「ひそひそ話」をしている婦人達の姿が思い浮かぶ。病院であるから、その話の内容もおのずから想像される。病室にいる患者の容態や、家族の状況などをしきりに話しているものと思われる。廊下には初夏の日射しが差し込み、咲き盛る著莪の花がかすかに風に揺れている。ささやかなドラマの展開を思わせる一句である。

春眠の独り占めなる虚空かな  小林貴美子
 〈吾とわが虚空に堕ちし浅寝かな〉という永井龍男作を彷彿とする。揚句は「独り占め」という中七に特徴があり、作者独特の世界を展開している。即ち熟睡している「春眠」の夢の中に第三者を踏み込ませまいとしているのである。せめて此処だけは自由自在に己が世界に遊戯しようとする健気な女性心理が、一種メルヘンの息吹きを感じさせているのだ。

余生なほ目立ちたがりや葱坊主  大竹 仁
 この句にも作者独特の諧謔世界が展開されている。すでに「余生」を意識する年代にさしかかった一人物が、未だ虚飾の思いを振りきれず、変な競争意識を持ち続けている。作者はそれを一人傍観し、冷笑しているような感じである。「葱坊主」という季語が、年甲斐もない生き様を寓意しているようにも見えるあたりが実に面白い一句となっている。

淡泊に生き八十路の夏衣  鈴木八重子
 〈御手打の夫婦なりしを更衣〉という蕪村の有名な作が思い浮かぶ。若き日よりのさまざまな苦境の果てに、やっと掴んだ夫婦の平穏を描いたものであるが、揚句はあまり波風も立たないままに八十路を迎えたというのである。己が人生への一抹のもの足らなさを覚えながらも、淡々とした今の倖せを実感している静かな心境が伝わってくる。

荼毘を待つしじま明りに春の雪  石井 深也
 誰しもがよく経験する情景である。黒衣を着た人々が火葬場の待合室で荼毘が終了するのを静かに待っている。各々が故人の思い出に浸りながら、言葉少なく俯き加減に固い椅子に腰掛けている。折からその雰囲気の中にふと窓外に目をやると、春の雪が静かに舞い始めたというのである。亡き人の終章を華やかに彩るかの雪の白さが鮮明に見えてくる。

余生とは未知の歩みや春朧  久保田シズヲ
 決して技巧に走った作ではないが、作者のひと時の感懐を素直に吐露した一句として注目した。次第に年齢が深まり、己が余生を意識するようになって、果たしてあと何年この世に生きていられるものかと誰しもが考えるものである。しかし誰も答えてはくれない。そんな淋しさの中で、作者は春朧の中に「未知」の二文字を思い浮かべたというのである。

傘立てに杖もまじりぬ夏期講座  原 繁子
 これもよく見かける情景なのであるが、誰しもが日常茶飯の中で見過ごしているかもしれない。即ち「傘立て」には色とりどりの傘がさし置かれているのであるが、作者はそこに杖もあるのに気付いたというのである。足弱の老婦人あたりが、会場に入るのに気を使って置いて行ったものと思われる。微笑ましいひと時の情景の中から詩が生まれている。

吹かれゐる白寿の叔父の白絣  鈴木 昌子
 九十九歳になる長寿の叔父が皆に祝われて、静かに微笑んでいる情景が思い浮かぶ。何処かのホテルか会館あたりで、ささやかな祝宴が今しも始まろうとして、孫や曽孫を交えた親族がその準備をしている。本人は涼しい風の吹き入る回廊あたりに腰掛けて静かにそれを待っている。白絣を着た清楚な貫禄ある姿に、ひと時見入っていた作者と思われる。
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
詩性探求 1/4
2008-10-01-Wed  CATEGORY: 昴 9号
詩性探求    早瀬秋彦

彼岸花真つ赤に咲いて母に逢ふ  堀越 寿穂
 最愛の母を亡くした悲しみは、数多の歳月を経ても作者の胸中深く残っている。彼岸花の赤々と咲き盛る季語に、在りし日の面影をひとり偲んでいる。中七の「真つ赤に咲いて」という力強い表現にその万感の思いが込められている。おそらく夢の中で逢ったと思われるが、咲き盛る彼岸花の、あの髪を振り乱して孤独に耐えるような物淋しい姿が、母の在りし日を彷彿とさせたのではあるまいか。

病む夫の怯ゆる眼鬼やらひ  小川 時子
 病床にある夫を看取り続ける作者の気使いの眼差しが感じられる。節分の日を迎えて、鬼やらいの声が遠くここかしこから聞こえてくる。夫の病状に一喜一憂しながら、その表情や容態に細心の注意を傾けている。「怯ゆる眼」という中七の表現に、その夫婦間の微妙な心理が感じられ、嘗ては快活であった夫の一変した日日への危惧の念が疼くように伝わってくる。夫の暗い表情が見えてくる。

弁天の睡蓮悪女を癒しをり  相澤 秀司
 上野不忍池の弁天堂などが思い浮かぶ。或る日作者はそこを訪れて、美しい女身仏の姿にひととき見入っていたものと思われる。池には睡蓮が鮮やかに咲きけむっている。作者はふと美貌の裏側に悪女の風貌を思い重ねたのではあるまいか。長い年月を生き抜いて来ると、人間はさまざまな事態に遭遇することがある。信じていたことが忽然と裏返り、辛酸を嘗めた経験は誰にもある。或る夏の日のめくるめく弁天池の幻想に、悪と癒しの裏腹な状相が明滅している。

逢ひに来し影ある八十八夜かな  森田 幸子
 立春から数えて八十八日め、野菜の苗はようやく生長し、茶摘みは最盛期となる。終霜の時期ともなるこの美しい季題を得て、作者の詩情は高まりを覚えてくる。揚句はその夜の月の光を浴びて、久々に逢いに来た恋しい面影をほんのりと思い浮かばせている。誰と特定することもなく、八十八夜のローカルな風趣の中に、影曳き歩む人影が美しい。

連翹忌「智恵子相聞」再読す  定松 静子
 鮮烈な黄の色彩をしたたらせながら咲き盛る連翹の花に託した忌日は、詩人であり高名な彫刻家でもあった高村光太郎の業績を偲んでの忌日である。作者は以前からその詩人に心酔し、妻智恵子に対する情熱の詩篇に心を寄せ続けて来た。『智恵子相聞』という書物を再び読み直して追慕の念に浸かっている作者の風貌が浮かんでくる。

遠く来し一茶の生地蟇に会ふ  篠田 重好
 信濃相原は俳人一茶の生地である。俗語・方言を豊かに使いこなし、不幸な経歴からにじみ出るように詠出した特異な作でその名を世に残している。作者は或る日その地を訪れ、俳句作者としての親密感に浸かり得たものと思われる。そして心に描いた一茶の風貌とは裏腹な蟇に出会ったというのである。思わず微笑を誘う作者独特の諧謔が息づいている。

母の日や英世に届く仮名の文  西村 友男
 世界的な細菌学者野口英世と、その母との情感溢れる交流は広く世に知られている。学問のない母が、やっと習った仮名文字を綴って、愛息英世へ送った手紙は、今も会津の生家である記念館に保存されている。作者は母の日にそれを思って揚句を為したと思われる。子の息災を願ってのたどたどしい仮名文字が読む側の心に鮮明に浮かぶ思いがする。

若水を汲むや傘寿のたなごころ  神戸 和子
 新年の淑気の中で、豊かにきらめき溢れる若水を、作者は清すが清しい思いのままに汲み上げたと思われる。ふとその若水に濡れ光る己が掌てのひらを見つめた時、傘寿を迎えたという回顧の思いが、迸ほとばしるように胸に込み上げたのではあるまいか。長い年間を健気にも生き切り、さまざまな苦難にも耐え抜いて来た痕跡が深く刻まれている己が掌を見つめながら……。
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
諸家近詠 道官佳郎 抄出
2008-10-01-Wed  CATEGORY: 昴 9号
諸家近詠  (順不同)  道官佳郎 抄出

春落葉踏む軽き音重き音  塩川 雄三(築港)
麦秋や島の小富士の男ぶり  波戸岡 旭(天頂)
鴻司いまなづなはこべらいぬふぐり  増成 栗人(鴻)
花酸葉ほのぼの紅き鬼女の里  鈴木 貞雄(若葉)
料峭の雪吹き上げて風奔る  藤木 倶子(たかんな)
蕗の葉の四五枚寄りて風を待つ  倉田 紘文(蕗)
今日生きて今日の花見るいのちかな  角川 春樹(河)
齢寂ぶわけても花の一樹かな  三田きえ子(萌)
曲者の 「てにをは」 斬らむ梅雨の闇  河野  薫(あざみ)
春闌けて二師連袂はとこしなへ  能村 研三(沖)
春の風押せば窪める嬰の頬  今野 剛一(対岸)
春一番胸につかへのをさまらず  星野麥丘人(鶴)
春霜や波郷の見たる墓並ぶ  大串  章(百鳥)
神在す樹樹天を衝き風薫る  澤田 緑生(鯱)
風に揺れゐて小判草重からず  青柳志解樹(山暦)
春逝くやどの病棟にも千羽鶴  原田 青児(みちのく)
生れ月の港湾の薔薇風の鳥  舘岡 沙緻(花暦)
昼ながら子規庵点る鳥雲  山口超心鬼(鉾)
禁色の鬱なかりけりすみれ草  高岡すみ子(さいかち)
身埃の佛千体咳一つ  斎藤 夏風(屋根)
暮れゆくは天城も奥のげんげん田  落合 水尾(浮野)
逃水を十里程追ふ三方原  仁尾 正文(白魚火)
逃水にふみこんでゐるしのびあし  松澤  昭(四季)
手を振つてゐるのはだあれ花水木  松澤 雅世(四季)
見えて降る見えずにも降る春の雨  鈴木 鷹夫(門)
春驟雨宇宙の涯をゆくごとし  小澤 克己(遠嶺)
春おぼろ白大鷹の羽づくろひ  石井  保(保)
ここに大樹かしこに老樹花の苑  山崎ひさを(青山)
夫なしの過ぎこし花は幾そ度  志摩 知子(和賀江)
涅槃西風千羽のかもめどりの影  松尾 隆信(松の花)
灯さざる高層一面花曇  村田  脩(萩)
大根漬ける父祖伝来の重し石  白井 眞貫(瀚海)
蛇穴を出て田の涯に筑波山  大井戸 辿(欅)
春燈吐息に一書曇りけり  仁科 文男(白炎)
谷底まで一気に萌ゆる水の音  中戸川朝人(方円)
花蘇枋小枝に夕日みなぎらす  雨宮 抱星(草林)
風に乗り快楽のごとし飛花落花  松本津木雄(阿吽)
啓蟄や心の鬼もまかり出し  泉田 秋硯(苑)
木の芽摘み木の芽の匂さましけり  加藤 耕子(耕)
霾天に関東平野浮き上がる  高野ムツオ(小熊座)
木彫の千手観音笹鳴けり  野崎ゆり香(堅香子)
湖風のなすままに揺れ棚の藤  木内 怜子(海原)
をんな等は暮色をまとふ春の鴨  鈴木 太郎(雲取)
雛の絵の扇子ひらきて飾るとす  小川 恭生(鵙)
天心の翳りを引きぬ白牡丹  中村 石秋(其桃)
石のこゑ蘖のこゑ摩崖仏  小泉八重子(季流)
卯波通ひの茫たる月日薮柑子  永方 裕子(椰)
夕さくら豊後に未練の娘を置きて  井上 論天(加里場)
俳人の話ほどほど春の泥  久行 保徳(草炎)
山茱萸の玉明りして峡開く  柴崎左田男(紫陽花)
花辛夷海見えて来て走り出す  稲田 眸子(少年)
根源は父にありけり冬の虹  八田 木枯(晩紅)
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
編集後記
2008-10-01-Wed  CATEGORY: 昴 9号
編集後記

 世の中は、まさにパソコン時代。小学生まで必需品のように持ち歩いているようです。
「昴」も遅まきながら、インターネット上に 『二十一世紀を楽しむ「昴」俳句会』の
タイトルでホームページを開設いたしました。ご覧ください。
http://subaruof819.blog39.fc2.com/

 内容の充実を計り、今後、俳句添削コーナ等持ちたいと考えています。
皆さまのご意見をお聞かせ下さい。
(友男)

 暑中お見舞い申し上げます。
 皆様お元気でご健勝のことと思います。
 昴も九年となり、一つの流れが出来て来たかと存じます。
主宰も、お元気になられ、選句に、評論に一段と力が入って来ました。
暑さに負けず、お元気でお過ごしのほどお祈りします。
(守信)
ページトップへ  トラックバック0 コメント0


余白 Copyright © 2005 21世紀をたのしむ「昴」俳句会. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。